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第25話 「決めなくちゃいけないこと」
俺らは何も話さないまま、遺跡を後にした。
去り際、エルが何か言いたそうだったけど俺はそれを無視した。
次が、最後か。
その言葉が何度も頭の中で繰り返される。こうなる日が来るのは分かっていた。分かり切ったことだけど、その日が近付いてしまったことに胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
エルと顔を合わせた回数なんて片手で済む程度なのに、なんでこんなにもツラいんだろう。振り返るような思い出も何もないのに。
俺は魔王城に戻るなり、すぐに部屋に籠ってしまった。
今は誰の顔も見れそうにない。
勇者を助けただけでなく、キスまでして。
クラッド。お前に申し訳ない。謝れるなら謝りたい。何度も、何度も。
でも、大丈夫だよ。ちゃんと俺はアイツと戦う。勇者を倒して、この世界を支配する。クラッドの望みを叶えるために。その為に俺はこの世界に生かされたんだ。
ベッドに倒れ込み、俺は天井を仰いだ。
まだ、アイツの感触が全身に残ってる。唇にも、頬にも、エルに触られたところ全てに。目を閉じれば容易に思い出せるほどに。
アイツは、エルは本当に何を思って俺にあんなことをするんだろう。本当に好意からなのか、それとも俺を油断させるための作戦か。
アイツがどう思おうと、俺はアイツを倒さなきゃいけない。この事実は変わらない。
変わらない、けど。でも気になって仕方ない。気にするなって方が無理だ。
俺が人間であっても魔物であったとしても、ほんの数回しかあってないのに何でああも俺に気を許す。俺は前世で勇者を知っていたから、元々勇者が好きだったから、エル自身にも惹かれた。
でもアイツは違う。あの森であったのが初対面だし、そもそも人間と魔物だ。勇者であるアイツが魔物に助けられたからってだけで気を許せるものなのか。
それとも、本当に罠なのだろうか。
魔物を仲間にして、何か人間側に都合のいい情報を聞き出そうとしてるのか?
でも、アイツは俺のことただの魔物だと思ってる。魔王だと気づいてない。そこら辺にいるただの魔物から有益な情報なんて聞けると本当に思ってるのか?
いや。勇者はストーリーを進めて魔王城の在処を突き止める。現時点では魔王城の行き方を知らない。じゃあ、俺から魔王城の行き方を聞き出そうという魂胆か?
だったら、キスするのはなんでだ。そこまでする必要なんてあるのか。
駄目だ。全然分からない。エルの狙いは何なんだ。
本当に、好意なのか? 魔物に、本気で?
あり得ないだろ。
俺は前世でも恋愛経験ないから分からないけど、人ってそんなすぐに誰かを好きになれるものなのか? 俺、一目惚れとか信じてないタイプなんだけど。
まず異種族っていう前提があった上で好意を持てるのか。勇者は魔物を倒さなきゃいけないのに、それを分かった上でそういう感情を抱けるものなのか?
だとしたら、やっぱり罠なのか。アイツの言葉に嘘があるなんて思いたくないけど、勇者は人間の味方。人類の希望だ。アイツから見た俺はただの魔物。魔物一匹に肩入れするなんて、あっていい話じゃない。
そうだよな。俺一人マジになって馬鹿みたいだ。
騙されるな。惑わされるな。俺は魔王。勇者という希望をこの世から摘み取る存在だ。
「……いちいち悩んで、アホだな俺は……」
もしアイツの好意が本当であったとしても、関係ない。
俺らの立場がそれを許さない。
もし勇者が魔物は悪くない、魔王は倒さない、なんて宣言したって無駄だ。きっと魔王に洗脳されたと思われるだけ。エルが勇者じゃない、裏切り者だってなったら、どうなってしまうか。それだけは嫌だ。
どうせ戦わなくちゃいけないなら、ちゃんと魔王と勇者としての役割を果たしたい。
そして俺は勇者を葬ったものとして、人類に恨まれる。
それでもいい。もしまた何十年、何百年後に勇者が生まれたとしても同じこと。世界が平等であるために、俺は嫌われ役にならなきゃいけないんだ。
そうしていつか、分かってもらえる日が来るかもしれない。魔物と人間が戦っても意味がないこと。争いなんかいらないと。
人間が縄張りに入ってこなければ全て丸く収まるんだ。きちんと棲み分けが出来ればいい。
そのための犠牲が、勇者なんだ。
「……俺、間違ってないよな」
正しいかどうかなんて分からない。
今は自分の意志で前に進むしかない。
これで、いいなよな。
クラッド。
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