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第36話 「勇者という存在」
勇者対策も進んできたし、気になってた小国の戦でも覗きに行くか。
残念ながら今は他にやることない。
そろそろ決着つくんじゃないか。長引かせてもお互いに不利になるだけだろうし。
一度行った場所なら転移魔法が使える。俺はいつものように気配を消して、目的の国の近くに瞬間移動した。
「……到着っと。って、あれ?」
前に来た時と状況が変わってない。あれから結構な時間経ってると思うんだけどな。戦況はどちらも良くない。死傷者が増えるだけ。士気もなにもあったもんじゃないな。
「……国のトップは何してんだよ」
俺はもう少し様子を窺ってみようと思い、パッと見で負傷者の多い方の国に行ってみることにした。
移動しながら兵士たちの顔を見てみると、みんな生気のない表情をしていた。勝ち目のない戦いに嫌気がさしてるのかもしれない。無理もないな。これだけやって結果が出ないんだから。
陣営の中に偉そうな奴はいないな。ということは王様は城の中か。兵士を出すだけで王は戦わないのか?
街も活気がない。敵国も同じようなものなのだろうか。だったらもうこんな戦は無意味だろ。領土を広げるどころかどっちも廃れるぞ。
「……ん?」
城の中に入り、俺は知ってる気配を感じた。
なんで、アイツがここにいるんだ?
この気配、間違いなくエルだ。でもこんな他国の城に何の用だ。何か魔物討伐の依頼でも受けたのか。
俺はエルに気付かれないようにこっそりと王の間を覗き込んだ。
遠くからでも声は拾える。なんか揉めてるっぽいけど、どうしたんだ。
「そんな話、受けられません!」
「だが、お主の力がなくてはこの国は負けてしまう。多くの者が傷付き、死んでしまう」
「しかし、俺の……私の役目は魔物を、魔王を倒すことです人を倒すことではありません」
え? まさか、この国は勇者を助っ人にしようとしてるのか?
何考えてるんだ。エルの言う通り、そいつは勇者だ。魔王を倒すための存在。人間の敵になっていい奴じゃないんだぞ。
「勇者は、我々人を救う者であろう?」
「そうですが……」
「だったら、この窮地を救ってはくれないか? 勇者は、我々の希望なのだろう?」
「ですから、私は……」
「救えぬと申すのか? 勇者であるお主が、我々を助けてはくださらぬのか?」
「……っ、しかし……」
何だ、これ。
王様の話を聞いてるだけで、ムカついてきた。
勇者を何だと思ってるんだ。お前は、勇者に人間を殺せって言ってるのか。人を救う存在である勇者に。
そんな風に言われたら、勇者であるエルは断れなくなる。
卑怯だ。
やっぱり人間は、クズだ。
救う価値なんかない。
こんな人間を守るために、勇者は身を削って戦わなきゃいけないのか。
「考えさせてください……」
「良い返事を期待しているよ、勇者様」
エルは王様に頭を下げ、城を出ていった。
道中、傷付いた兵士達の様子に悲しそうな表情を浮かべながら。
もう一つの国の方も見てきたが、似たような状況だった。
こんな状況で戦なんかしてるから、こうなるんだ。どうして争うようになったのか、その理由も知らないし興味もないけど、関係ない奴を巻き込むのだけは許せない。
勇者はお前らの駒じゃないんだよ。
そいつは、俺のだ。俺が殺すんだ。余計なことさせてるんじゃねーよ。
腹の底で、言葉に出来ない感情が渦巻いてる。
これは、怒りだろうか。
腸が煮えくり返るって、こういうことなのか。
この世界に来て、こんなにも腹が立ったのは初めてだ。
ゲームで悪役が世界を滅ぼそうとする気持ちがよく分かった。確かに、人間なんていない方がいいのかもしれない。
人間を襲うつもりなんて全くないけど、今なら手を出してしまいそうだ。
そうしたら、お前は俺を殺すか。俺を、軽蔑するか。
この世界は、お前が守る価値なんてあるのか?
「……勇者なんているから、ダメなんだ」
イライラする。
さっきから手の震えが止まらない。
落ち着かない。
腹の奥から込み上げてくる、どす黒い何か。
ゲームをしてるときは、この世界は美しくてきれいなものだと思っていた。知りたくなかった人間の醜さを見てしまった。
今なら世界を壊せそうだ。私怨と言われても構わない。それでも、勇者があんな目に遭っているのを見て黙っていられない。
こんなの、あんまりだ。こんなの、最悪だ。
このままだなんて駄目だ。
勇者は希望でなくてはいけない。都合のいい存在なんかになっちゃいけない。
俺は、約束の洞窟に向かった。
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