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第37話 「背中合わせの存在」
ーーー
誰もいない。
当然だ。俺と違って、アイツは俺の気配を感じ取れない。ずっと気配を消していたから。
でも、アイツはここに来る気がする。
俺は洞窟の奥で腰を下ろした。
最初ここに来たとき、俺は調子に乗ってたんだと思う。
だって魔王になったんだ。何でも出来ると思うだろ。もちろん異世界なんて来て焦りもしたし、状況についていけなくて困ってた。
でも、心のどっかでどうとでもなるだろうって思ってた。
だって魔王だし。俺が使いこなせていないだけでメチャクチャ強い力を持ってる。それこそチートと呼べるような力だ。
だから思ってた。何でも出来る。俺なら、出来るって。負けるわけないって。クラッドの願いも叶えられるって。
だけど、エルのあの顔を見て恥ずかしくなった。
俺と対になる存在である勇者が、救うべき人間のせいであんなに苦しんでる。
魔王である俺はクラッドのおかげで特に苦労しないでいる。全てはクラッドのおかげだ。それなのに、俺はそのクラッドが築いてきた地位に胡坐をかいて何でも出来る気になっていた。
恥ずかしい限りだ。俺が憧れた勇者があんなにツラい思いしてるのに。
だから俺は、決めたんだ。今の俺に出来る方法は一つしかない。
目的こそ変わらない。ただ、これは俺の気持ち。覚悟の問題だ。
俺の力は全て借り物だ。
だけど、この気持ちだけは俺のものだ。もう迷わない。もう揺るがない。
勇者は醜悪な人間どもの良いようにされていい奴じゃないんだ。
勇者は人間の玩具じゃないんだよ。
俺の救世主は、みんなに勇気と希望を与えてくれるんだ。それなのに、その優しさに付け入るんじゃない。
俺の勇者に、これ以上余計なことしてくれるな。
だから、最後にしよう。
ーー
足跡が聞こえる。
ゆっくり、ゆっくり、こちらに近付いてる。
たまに立ち止まって、その一歩を踏み出すかどうか悩んでるようだ。
俺がここにいることに気付いてる。
不思議だな。俺とお前は対極の存在なのに、どうして引かれ合うんだろう。
希望と絶望。光と闇。どうあがいても交じり合わないのに、いつだって対となって存在するんだ。
どんなゲームや物語でも定番だよな。悪役がいるからヒーローがいる。魔王がいるから勇者がいる。悪役がいなきゃヒーローは存在しないし、勇者も倒すべき敵がいなきゃ意味をなさない。
そういうことなんだな。これはきっと、必然だったんだ。
「……イオリ」
洞窟の入り口で、小さな声が俺を呼んだ。
お前はここに来たくなかったんだろうな。終わりにしたくなかったんだろうから。
「なんて顔してるんだよ、勇者様」
「……どうして、ここに……」
「俺がここに来たらいけない理由でもあるのか?」
「……そういう、わけじゃ……」
声に覇気がない。
心が折れそうじゃないか。とてもじゃないけど世界なんて救えそうにない。誰の希望にもなれそうにない。
「……イオリ……イオリ、イオリ……」
「……っ!」
エルはフラフラの足で俺に駆け寄り、縋りつくように抱き着いてきた。
肩が震えてる。呼吸も荒れてる。背中を丸めて、母親に泣きつく子供みたいに小さくなってる。
こんなに追い詰められてしまったのか。あの戦の話が、よほどショックだったんだろうな。勇者として魔物を倒すために必死で戦ってきたのに、人の敵になれって言われたんだ。無理もない。
「……俺は、もう何と戦えばいいのか、分からないよ」
「エル……」
「どうして、人が人と争うんだ。なんで人が人を殺めなきゃいけないんだ。俺の剣は、そんな事のためにあるんじゃないのに……!」
「……ああ。そうだな」
「だけど、勇者は誰かを救わなきゃいけない。そのために、誰かを犠牲にしなきゃいけないのか? もし犠牲になった人が復讐を俺に願ったら、俺はどうしたらいい。俺は、俺は……!」
俺は、力いっぱいエルを抱きしめた。
見てられないよ、こんなお前。みんなの幸せのために、どうしてお前がこんなにも傷付かなきゃいけないんだ。
「エル。エル、大丈夫だ」
「……え?」
「きっと、大丈夫だ。何とかなる。お前が、人間の敵になる必要はない」
「……イオリ?」
「だってお前は勇者だ。お前が戦うべき相手は魔王だろ。人じゃない」
「……イオリ」
大丈夫。俺がそんなことさせないから。
俺は、エルの顔を両手で包み込み、そっと唇を重ねた。
最初は驚いた顔してたけど、エルはすぐに受け入れた。
ただ、ただ、触れるだけのキスを繰り返す。くすぐったくて、温かくて、次第に物足りなくなって、どんどん欲が溢れてくる。
「……っ、エル」
「イオリ……」
深く唇を重ね、それを合図にするようにエルは貪るように俺の唇に舌を割り込ませてきた。
それでいいよ、エル。
今はもう、嫌なこと忘れよう。
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