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第39話 「お別れの日」
俺は身なりを整えながら、エルに告げる。
約束だから。
これで、お別れだ。
「……お前から言ってきたことだ。次で最後だって」
「ああ、そうだね……」
「それじゃあ……しっかりやれよ、勇者様」
後ろ髪引かれる思いで、俺はエルに背を向けた。
意外と俺の心は冷静だ。もう迷いはない。
「イオリ」
「……何だ」
「また、会える日は来るのかな」
「どうだろうな……」
会えると言えば、会えるかもな。
お前が望んだ形じゃないけど。でも、それでも俺は決めたんだ。
お前を勇者という役割から解放してやろうって。
そのために、俺はお前を殺す。
魔王としての役割も果たす。
俺の願いと、クラッドの願い。どちらも叶えられる。
完全に俺の勝手な願いだ。ただのエゴだ。エルはそんなこと願ってもないだろうけど、それでも俺はお前を苦しめる「勇者」を殺したい。そして神剣を封じてしまえば、もう勇者は生まれない。
俺を恨んでくれ。俺のことを憎んでくれ。
俺は魔王。俺は、お前の敵なんだから。
「じゃあ、さようなら」
「……さようなら、イオリ」
「ああ、そうだ。お前はいつでも人の味方であれよ」
「え?」
「勇者は人間の希望なんだろう」
「……それは、どういう」
「それだけだ。じゃあな」
俺はこの洞窟に仕掛けていた魔法陣を消して、この場を去った。
これでもう約束の場所も消えた。約束もなくなった。
これで、もう本当に、一之瀬伊織は消えた。
ーーーー
俺は魔王城には戻らず、空を飛んでいた。
ゆっくり、目を閉じて、揺蕩う。
冷たい風が心地いい。
覚悟を決めたら、もう迷うことがない。
俺のすることが正しいかどうかなんて、今となってはどうでもいい。人の願いなんてみんなバラバラ。万人の願いを叶えるなんて無理なんだ。自分の望みを叶えるだけで精一杯なんだから。
だったら俺も、俺の願いのために生きてもいいだろ。
人から恨まれるのは慣れてる。
嫌われてばかりの人生だったんだから。
だから、俺はエルに嫌われる道を選んだ。
それが俺にとって最善策だと思ったから。
「……さぁ、行こうか」
本当のお別れは、これからだ。
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