39 / 80

第39話 「お別れの日」

 俺は身なりを整えながら、エルに告げる。  約束だから。  これで、お別れだ。 「……お前から言ってきたことだ。次で最後だって」 「ああ、そうだね……」 「それじゃあ……しっかりやれよ、勇者様」  後ろ髪引かれる思いで、俺はエルに背を向けた。  意外と俺の心は冷静だ。もう迷いはない。 「イオリ」 「……何だ」 「また、会える日は来るのかな」 「どうだろうな……」  会えると言えば、会えるかもな。  お前が望んだ形じゃないけど。でも、それでも俺は決めたんだ。  お前を勇者という役割から解放してやろうって。  そのために、俺はお前を殺す。  魔王としての役割も果たす。  俺の願いと、クラッドの願い。どちらも叶えられる。  完全に俺の勝手な願いだ。ただのエゴだ。エルはそんなこと願ってもないだろうけど、それでも俺はお前を苦しめる「勇者」を殺したい。そして神剣を封じてしまえば、もう勇者は生まれない。  俺を恨んでくれ。俺のことを憎んでくれ。  俺は魔王。俺は、お前の敵なんだから。 「じゃあ、さようなら」 「……さようなら、イオリ」 「ああ、そうだ。お前はいつでも人の味方であれよ」 「え?」 「勇者は人間の希望なんだろう」 「……それは、どういう」 「それだけだ。じゃあな」  俺はこの洞窟に仕掛けていた魔法陣を消して、この場を去った。  これでもう約束の場所も消えた。約束もなくなった。  これで、もう本当に、一之瀬伊織は消えた。 ーーーー  俺は魔王城には戻らず、空を飛んでいた。  ゆっくり、目を閉じて、揺蕩う。  冷たい風が心地いい。  覚悟を決めたら、もう迷うことがない。  俺のすることが正しいかどうかなんて、今となってはどうでもいい。人の願いなんてみんなバラバラ。万人の願いを叶えるなんて無理なんだ。自分の望みを叶えるだけで精一杯なんだから。  だったら俺も、俺の願いのために生きてもいいだろ。  人から恨まれるのは慣れてる。  嫌われてばかりの人生だったんだから。  だから、俺はエルに嫌われる道を選んだ。  それが俺にとって最善策だと思ったから。 「……さぁ、行こうか」  本当のお別れは、これからだ。

ともだちにシェアしよう!