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第44話 「最後の戦い」
目を閉じて、俺は待つ。
時折聞こえる爆音。響く振動。
皆が戦ってくれている。勇者を排除するために。
たった一人で向かってくる馬鹿な勇者。
お前は何度言っても自分の意志を貫いた。本当に真っ直ぐな奴だよ。
もっと自分を甘やかしてもいいと思うのに、皆のためにと自分を傷付けて、心を削って、勇者という役割を果たそうと必死になっていた。
お前のその優しさが、自分の首を絞めているというのに。
でも俺は、そういうところが好きなんだ。
―――ズゥゥン
大きな音を立てて、王の間のドアが吹っ飛ばされた。
鍵なんてかけていないというのに、派手な演出をしてくれるな。
「ようこそ、勇者様」
「……魔王」
「待ちくたびれたよ。ずっと、お前を待っていた」
「俺も、お前に会うために来た」
ボロボロの勇者が、ゆっくりと俺の元に向かって歩いてくる。
いや。ボロボロなのは見かけだけ。本人に傷らしい傷はない。この道中にいたみんなは、かすり傷程度しか与えられなかったのか。さすがは勇者だ。
やっぱり、お前に勝てるのは俺しかいないんだな。
「なぜ、君は戦う」
「愚門だな。俺は魔王だ。この世に破滅をもたらす者。これ以外の何者でもない」
勇者は歩みを止めず、俺に聞いてきた。
いまさら何を聞くかと思えば、そんなことか。
「この世界は腐った人間ばかりだ。現にお前も苦しんでいるだろう? 自分より弱いと決めつけたものを虐げ、奪うものばかり。我ら魔物も、人でないというだけで悪とされる。住処を奪い、自身の肥やしを増やすために殺される。そんな世の中など、壊してしまった方がいい。そして、作り変える。全てが平等な世界にするために」
俺は立ち上がり、目の前の勇者を見つめる。
その手には、神剣ガグンラーズ。あれを手に入れる。
そうすれば、もう恐れるものはなくなるんだ。
「そうだね。君の言うことは間違っていない。でも、それでも、俺は戦う。この世界のために。この世界の希望のために」
ああ。その目。
揺るぎない眼差しが、俺に向けられる。
「君が思うほど、世界は終わっていない。俺はそんな希望に光を灯す」
勇者が一歩、近付く。
「だから俺は、君を殺すよ」
「ああ。俺もだ」
殺すよ、大好きな勇者。
俺は地面を蹴り上げ、勇者の頭上に飛んだ。
手加減せず、全身全霊の魔法をぶつける。魔力を全て使いつくしてもいい。ここで負けたら意味がない。
負けじと勇者も応戦してくる。どの魔法も相殺され、互いに決め手に欠ける。
さすがは俺の対。そう簡単に行かないことくらい分かってる。
「……ぁ、はぁはぁ」
「っ、く」
「しぶといな、勇者様」
「君もね……!」
神剣を避けながら、勇者に攻撃を放つ。
魔法で全身を防御しながら、一撃一撃を全力で食らわせていく。
「穿て、雷神《トール》!!!」
「ガグンラーズ、相殺しろ!!」
全身が痛い。
身が引き裂かれそうだ。
命削って、全力の魔法を放っていく。
細胞一つ一つが悲鳴を上げてるけど、今は聞こえないふりをしろ。目の前の敵に集中しろ。
俺は、勝つんだ。
絶対に負けない。
勇者を殺すんだ。
エルを、救うんだ。
「はァあァァああ!!」
「っ、ぐ! く、は、あぁぁあああ!」
体が重い。
だけど、膝をつくな。
向こうだってフラフラなはず。互いに肩で息をしながら、隙を狙ってる。
一瞬でも見逃すな。
どんどん魔法を放て。
「……ねぇ」
「っ!?」
勇者が声をかけてきた。
互いに一定の距離を取ったまま、様子を窺う。
「俺は、聖人じゃない」
「……?」
「それでも勇者として、戦わなきゃいけない。俺自身がそう望んだことだから」
「……なに、言ってるんだ」
会話しながら休憩でもしようとしてるのか。
だとしたら甘いな。そんなこと、させるわけないだろ。
俺は勇者に向かって砲撃を打つ。
それでも勇者は身動きせず、攻撃を受けながらも会話を続けた。
「君が望む世界は確かに素晴らしいと思うよ。そうなれば、みんなが幸せかもしれないね」
「……」
「でも、それじゃあ君はどうなるの」
「は?」
「君は、世界中に恨まれ続ける。希望を奪った者として」
「それがどうした!!」
魔物が、魔王が、人間に嫌われるなんて今に始まったことじゃない。
勝手に嫌ってる人間のことなんかどうでもいい。理解してくれる仲間がいれば、何も問題ない。
「恐怖で支配するなんて、優しい君のすることじゃないよ」
「っ!」
勇者は、手に持っていた神剣を天に向かって放り投げた。
何をしてる。なんで自ら武器を手放したんだ。
宙を舞う神剣に目を奪われていると、全身に衝撃が走った。
「――っ……!?」
いつの間にか俺の元に来ていた勇者に、抱き着かれていた。
きつく。きつく。
振り解こうにも離れない。
何がしたいんだ、何が目的なんだ。
「は、離せ!!」
「ずっと考えていたんだよ。どうして俺は勇者なんだろうって」
「え!?」
「君と出会って、魔物なんて関係ないって言ったときは余計に勇者という存在が何のためにあるのか分からなくなった。本当に必要なものなのかどうか、悩んだよ」
「……」
「でも、分かった。勇者が希望を背負い、魔王が絶望を背負う。この世界が俺ら二人を生み出したんだ」
それは、俺も思っていたことだ。
光と闇。勇者と魔王は表裏一体の存在なんだって。だけど、それが何だっていうんだ。
「……ねぇ。君がこの世の闇を背負う必要があるのかな。どうして勇者ばかりが、どうして魔王ばかりが、その一心を背負うのかな」
「……そ、れは」
「そんなのおかしい。だから、二人ともいなくなってしまえばいいんだ」
「え……?」
ふと、頭上で何かが煌めいた。
さっき勇者が投げた、神剣ガグンラーズ。
その剣先がこちらを向いている。
「……まさか、お前」
白銀に輝く剣が、重力に身を委ねるように地に向かって落ちてくる。
逃げなきゃいけないのに。
その光景が美しいと思ってしまった。
ああ。お前は本当にズルいな。
気付けば、神剣が俺たち二人の体を貫いていた。
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