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第45話 「決着」

 体が熱い。  俺は、負けたのか。 「……なん、で、こんな、こと……」 「俺ね、考えたんだよ。魔王も勇者も、きっといらないんだって。俺が勝っても、魔王のいない世界で勇者は必要とされない。優しい君は、そのあとの俺のことを考えて、俺を殺そうと思ったんだろ?」 「……それ、は」 「勇者という役割が、俺を苦しめてる。確かにそうだね。でも、俺は後悔してないよ。だって、そのおかげで君に会えたんだから」 「……エル」  俺は、震える手で、エルの背中にしがみついた。  これで、俺たちは終わるのか。 「大丈夫。ガグンラーズにはちゃんと言ってある。君が心配することはないよ」 「……どうして」 「君を、残しておきたくなかったんだよ。人は、魔物を敵とすることで同族同士の争いを極力避けたきた。でもその敵がいなくなったら、きっとそこかしこで戦争が巻き起こるかもしれない。そうなったら、きっと優しい君は心を傷める。そんなの、俺は嫌だ」 「ん、なこと、ない……人間、なんて……」 「でも君は、あのとき誰も傷つけなかった」 「……っ」 「誰も、傷つかない、世界なんて、無理だよ。本当はわかってるだろ……だって、人にも、君達魔物にも、感情が、心がある……心のない世界なんて、そんなの、君の望む世界じゃない……」 「……で、も……」 「それに、ね……争っても、いいんだよ。そうやって、人は、変わる……世界も、変わる。何かが壊れる、ことは……何かが、生まれるってことだから。壊れる事を、恐れないで……」  エルの腕に、さらに力が入る。  俺は、段々と視界がぼやけてきた。意識が遠ざかる。  もう、終わる。俺は、また、死ぬのか。 「希望も絶望も、誰かに押し付けるものじゃない。みんな、一人一人が持っているもの、でしょ……?」 「……おれ、は、まちがえた、のか?」 「そんなことないよ。誰も間違ってないし、誰も正しくない。それで、いいんだよ。ただ、これは俺のワガママだ」 「え、る……」 「俺らが、勇者と魔王という立場から開放されるには、これしかなかった……」  そうか。  俺が望んだことと、同じだ。  お前を苦しめる勇者という肩書きから解放したかったように、お前も俺を魔王という肩書きから解き放とうとしたのか。  世界なんてものを背負う、その重圧にいつか耐えられなくなると思ったから。  舐められたものだ。俺は、全てを覚悟したつもりだったのに。魔族の幸せを願って、世界を変えたかったのに。  そのために、お前への想いを諦めたんだ。  お前を殺す覚悟を決めた。  俺は魔王だから、勇者であるお前を想うことが出来ない。  だから、だから。  捨てようとしたのに。 「愛してるよ、イオリ」 「……っ!」 「やっと言えた。ずっと言いたかった。君が好きだって……」  もう、我慢しなくていいのか。  俺はもう、魔王じゃなくていいのか。  俺を、ただの男にしてくれると言うのか。  でも俺、負けたくなかった。  本気で勝ちたいと思った。  俺を支えてくれたみんなのために、勝たなきゃいけないって。役に立ちたいって思ったんだ。  その気持ちに、嘘はなかったのに。  どうして、お前を前にすると上手くいかないんだろうな。やっぱり魔王は勇者に勝てないのかな。 「……!」  壊された入口のそばに、傷だらけのリドが見えた。  良かった。生きていたんだ。いや、もしかしたらエルは誰も殺してないのかもしれない。俺が、そう望んだから。誰も傷つけない世界を望んだから。  なんだよ、それ。勇者は最強かよ。悔しいな。お前に負けっぱなしじゃないか。  リドは、俺に気づいてそっと微笑んでくれた。  ありがとう、リド。本当に、ありがとう。お前は、もしかしたらこうなることを予想していたのかもしれないな。  だって、始めたから俺が勇者を好きなことを知ってて、それを受け入れてくれた。エルに会っていたことも、分かってて黙っていてくれた。  あとのこと、頼んだよ。 「好きだよ、エル……ずっとずっと、大好きだ……」 「イオリ……愛してる……ずっと、そばに居るから……」  エルの唇が重なった。  何度も重ねたはずなのに、まるで初めてキスをしたようなそんな気分だ。  もう、意識が薄れていく。  最後に、ちゃんと素直になれて良かった。  ありがとう。  大好きな、勇者。

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