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番外編「彼が魔王と呼ばれるまでの話」⑦
突如現れた魔王城に、人間達は絶望の表情を浮かべた。
唯一魔王と戦える勇者はもう動けない。神剣の加護で魔物を倒すことが出来ても、魔王を殺すことができるのは勇者しかいない。
今の勇者が死に、新たな勇者が誕生するのを待つしかない。
しかし、勇者さえいれば確実に勝てる。そう人間側は思っている。
なんという他力本願。だが今までの歴史がそうすることで成り立っているのも事実。
変えなければいけない。
魔王が勇者に倒される未来なんて、もうあってはならない。
「クラッド様。人間達に襲われていた魔物達を保護しました」
「ああ、ご苦労。この間魔王城に来たというサキュバスの娘はどうした?」
「メアドールですね。彼女には西の大陸の方を見に行ってもらいました」
「そうか」
それから月日は流れ、魔王城には魔物が増えた。
各地で人間に居場所を奪われた者たち。行き場を失った者達を保護し、力のある者には役割を与えた。特に能力の強いものは魔王様直属の部下として働いてもらっている。
「リド」
「なんですか、クラッド様」
「そのクラッド様っていうの、やめるように言ったはずだ」
「ダメです。他の者たちへの示しがつきませんから」
クラッドは自室の机に突っ伏しながら口を尖らせて文句をブツブツ言ってる。
彼はもう魔王。魔物の頂点に立つ者。いくら私が魔王様の右腕であったとしても、立場を明確にしなければいけない。
もう昔のように子供扱いも出来ないのは少し残念だけど。
「二人きりのときくらいは、良くないか?」
「……そんなに嫌ですか?」
「…………やだ」
仕方ない人だ。こういうところはまだ昔のまま変わらない。
私は手に持っていた書類を机に置き、彼の背後に回って背中から抱きしめた。
「しょうがないですね。頑張ったご褒美ですよ」
「リド……」
「クラッド。いつもお疲れ様です」
「リドこそ、毎日動き回ってて疲れてるだろ」
「そんなことはないですよ。王である貴方は玉座でふんぞり返ってるくらいが良いんです」
せっかく立派な魔王城を建てたというのに、クラッドは王の間にあまりいない。こうして自室で部下たちを呼んで話を聞いたり、城内を歩き回っていることが多い。
下界にもよく行こうとするが、正直それは控えてほしいところだ。
「そうだ。リドに見せたいものがあるんだ」
「私にですか?」
クラッドが飛び上がるように椅子から立ち、私の腕を引いて部屋の外に出た。
満面の笑みを浮かべるその顔は、まるで昔の彼を思い出させる。
姿が変わっても、クラッドはクラッドのままだ。
「あ、驚かせたいから目を閉じててくれ」
「はぁ……」
言われるがままに目を閉じると、体を横に抱き上げられた。ビックリして目を開けそうになったが、彼をガッカリさせるようなことはしたくない。
ギュッと目を閉じ、クラッドが目的の場所につくまで待った。
「いいよ、リド」
クラッドの腕に抱かれたまま、私は目を開けた。
「……っ!」
目の前に広がる光景に、言葉が出なかった。
だって、それはここにあるはずのない物ばかりだったから。
クラッドにゆっくりと下ろしてもらい、私は一歩前に踏み出した。
「……これは、天界の花」
案内されたのは中庭。
そこには天界にしか咲かない花や草木が一面に広がっていた。
懐かしい故郷のもの。あの場所に未練などないと思っていたのに、自然と涙が浮かんでくる。
「フォルグに妖精の知人がいると聞いて、種を貰ってきてもらったんだ」
「そう、だったんですか……」
「ああ。しかし、下界の土では全く育たなくて骨が折れたぞ。土を耕したり綺麗な水を探したりしてな」
「もしかして、最近やたら下界に行っていたのは……」
クラッドが少し頬を赤らめて笑った。
私のことなど気にしなくてもよいのに。もっと自分のことを優先したらいいのに。
そんな貴方だから、愛おしいのだけど。
「ありがとうございます、クラッド。とても嬉しいです」
「喜んでもらえて嬉しいよ。リドにはいつも苦労ばかりかけているからな」
「私は私がしたいようにしているだけです」
私はそっとクラッドの体に寄り添った。そうすると、彼はそれが当たり前のように肩を抱いてくれる。
私は世界のことになんか興味がない。
ただクラッドがどう思い、どう願うのか。それだけが私の生きる理由。私の存在意義。
だから私なんかに気を遣わず、貴方は貴方が望むことをしてくれていいのに。
「いつも感謝してる、リド。愛してる」
「私も、愛してます。クラッド……いつだって、貴方のそばに」
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