59 / 80
番外編「彼が魔王と呼ばれるまでの話」⑧
それから月日は流れた。
勇者は亡くなり、勇者の加護も薄れていった。
それでも現状は昔と変わらない。人間は魔物を悪として排除しようとしてる。中には魔物を痛めつけて奴隷にしてる者もいると聞く。
勇者の加護無しでは消滅させることは出来ないが、体の自由を奪うことくらいは出来る。そうやって縄張りを奪い、人間達はどんどん領土を広げていった。
クラッドもそういった魔物達を救うために動いてはいるが、人間の繁殖力はこちらの想像を超えていた。
どうしたって数が足りない。クラッドが本気を出せば人間など全て消し去ることも可能だが、優しい彼はそれを望まない。あくまで彼が望むのは、平等に生きていける世界。
魔物だけのユートピアが作りたいわけじゃない。だからこそ、悩んでいる。
貴方は優しすぎる。人間を憎んでいながら、滅ぼすことが出来ない。
羽根を奪われたのに。癒えたはずの背中の傷が今でも痛むのに。
「……クラッド様、少し休まれては?」
「ああ……いや、平気だ。お前こそ、働きすぎだ」
「貴方ほどではないですよ。顔色が優れません。ちゃんとベッドでお休みになってください」
ここ最近のクラッドはまともに寝ていない。
傷付いて魔王城に助けを求める魔物は日に日に増えていくばかり。
彼の精神がすり減っていく。このままでは、彼の心が壊れてしまうかもしれない。
「……最近、不思議な夢を見る」
「夢、ですか?」
「ああ……人間ばかりの世界で、我は幼い少年として暮らしている……」
「それは、確かに不思議な夢ですね」
「魔法も、魔物も勇者も、全て絵空事の世界だ。争いもなく、平和な世界……勇者も、魔物も、いなくなれば、そんな平和な世界になるのだろうか……」
そう言いながら、彼はゆっくりと眠りについた。
争いのない世界、か。それは確かに貴方が望んだ世界だ。しかし、魔物も全ていなくなっては意味がない。そうなったら、貴方が生まれてきた意味がなくなってしまう。貴方が言ったのではないか。意味もなく生まれてきたんじゃないと。
どうか、諦めないで。
ーーー
それからクラッドは、夢の世界の話を聞かせてくれるようになった。
夢の中の彼は、少し弱気な人間でコウコウセイという職業についてから周りから暴力を受けるようになったという。
自分さえ我慢していればいい。抗う意思の持たない少年。
クラッドは夢を通して彼を知っていく度に、段々とその少年に自分を重ねるようになったらしい。
確かに小さい頃のクラッドは泣き虫だった。自分のツラさも悲しさも我慢して、現状を必死に耐え抜いてる。
しかしクラッドは戦う意思がないわけじゃない。私にはその少年とクラッドが同じようには思えなかった。
だけどクラッドは言う。彼はもう一人の自分なのだと。だからこうして夢の中で繋がっている。もしかしたら私にももう一人の自分がその世界にいるんじゃないかと。
「私には興味ありませんね」
「そうか? 我は少し楽しいぞ。今日のイオリは楽しみを一つ見つけた」
「楽しみ、ですか」
「ああ。げえむという娯楽だ。そこではこの世界によく似た物語を疑似体験していた。しかし問題は主人公が勇者ということだ」
「人間らしいですね。魔物はどの世界でも結局悪なのですか」
「そのようだ。しかし魔物が主人公となる物語も存在していた。一概にそうとも言えないだろう」
クラッドはその世界のことを楽しげに話している。
ここ最近ずっと沈んでいた表情をしていたので、結果としてその夢を見るようになって良かった。その少年には感謝しないといけない。
「彼なら、この現状も変えられるだろうか」
「何を仰っているのですか。彼は人間なのでしょう?」
「ああ。だが、人間から理不尽な暴力を受け、人間でありながら人間を憎む心を持っている。一度でいいから、話をしてみたいものだ」
この頃からクラッドはイオリという少年とコンタクトを取れないかと考えていた。
よほど彼を気に入ったのだろう。というより、もう一人の自分なのだから気になって当然か。私も全く気にならない訳でもない。
だがこの少年はどうやら勇者に憧れているそうではないか。もしもう一人の自分が魔王だと知ったらどう思うか。
それはそれで、面白そうでもある。
ともだちにシェアしよう!