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第1話 【再び始まる物語】
「伊織、帰ろうか」
「蓮。ああ、今行く」
俺はリュックを背負い、教室のドアの前で待ってくれている蓮の元へと向かった。
あれから大体一年が過ぎた。
今は高二の二学期の終わりで、明日から冬休みになる。
二年に進級したけど、俺と蓮はまた同じクラスにはなれなかった。残念だけど、こうして登下校は一緒だからいいかなって思うようにしてる。
「もうじきクリスマスだけど、伊織はどこか家族で出かけたりするの?」
「いや。うちは毎年両親二人だけで旅行してるから俺は一人だよ」
「仲良いね」
「俺が小さいときは三人で出かけてたけど、さすがにもう恥ずかしいから途中から断ってる」
「まぁ気持ちは分からなくないね」
去年は俺の事故のこともあって旅行キャンセルさせちゃったんだよな。だから今年は俺が夏休みにバイトして、二人に旅行をプレゼントした。めっちゃ喜んでくれたし、俺も一緒に行こうって誘ってくれたけど断った。
だって、今年は蓮がいるし。ただコイツの予定何も聞いてないから、これで蓮が家族で出かけるとかだったら泣くしかないんですけど。
「……それで、蓮は?」
「俺はあるよ、予定」
「そ、そうか」
失敗した。前もって話しておくべきだった。クリスマスは明後日なのに。初めて恋人と過ごすクリスマスって思ってたのに。
俺が残念そうに肩を落としていると、蓮がクスクスと笑いながら俺の頭をポンと叩いた。
「誘ってくれないの?」
「え?」
「俺の予定。伊織からクリスマスにデート誘われることなんだけど」
「な、なんだよそれ!」
「ハハハ! ごめんごめん。実は俺から誘うつもりだったんだ」
蓮が楽しそうな顔で笑ってる。なんか悔しいな。
俺はマフラーでにやける口元を隠した。
「ねぇ、伊織」
「何?」
「今日、家寄ってってもいい?」
「……いい、けど」
こういうとき、蓮の目を細めて優しい笑みを浮かべる。
付き合って一年経つのに、まだ慣れない。蓮の笑顔を見るとドキドキして落ち着かなくなる。マジで蓮の顔はズルい。普段の笑顔と、俺にだけ見せる笑顔がある。その顔に弱いの分かってて使い分けてやがる。
その表情見るたびに、好きだなって思う。俺ばっかり余裕なくて嫌になるくらいだ。
「そういえば、伊織は進路希望の紙出した?」
「いや、まだ悩んでる。蓮はもう決めてるんだろ?」
「うん。俺は建築関係の仕事に就きたいから、その方向で進むつもりだよ」
「いいなぁ。俺、まだ将来の夢とかまだないからな……」
あれから一年経って俺の生活は変わった。
俺をいじめていた奴らはみんな退学になったし、両親ともちゃんと話をするようになった。
でも俺自身が変わったのかって言われたら、正直頷けない。
ただ俺にとって嫌な奴がいなくなったってだけ。俺の性格が大きく変わるようなことはない。いじめられていたこともあってか、クラスでも少し浮いてる。みんな口に出さないけど、腫物を扱うような接し方をしてくる。
クラスメイトだけじゃない。先生たちもそうだ。まぁ殺人未遂まで起きたんだ。気を遣うのも無理ないんだろうけど。
そのせい、っていうと人のせいにしてるみたいで嫌だけど、蓮以外に友達がいない。俺も元々コミュ障だしどう話しかけていいのか分からないでいる。またいじめられたらどうしようって気持ちも残ってる。
あの異世界での出来事もあって少しは自信付いたと思っていたんだけど、人はそう簡単に変われないものだ。
情けない話だよ。俺を守ってくれたクラッドに申し訳ない。
まぁ友達出来ないだけで、クラスでは結構堂々してる方だとは思うけど。周りの目もそんなに気にならなくなったし。
でもこれじゃあ駄目だよな。もっと人と関わっていけるようにならないと。
「そういえば、例のゲームが新作出るらしいじゃん」
「ああ、ラスト・ゲートな。あの世界にいたせいか、買おうかどうか悩んでるんだよな」
「魔王様的には複雑なわけだ?」
「そりゃあ敵側に感情移入しちゃうだろ。向こうには向こうの事情があるんじゃないかって……」
この世界とは別の、もう一つの世界。アイゼンヴァッハ。
俺はその異世界で魔王クラッドと入れ替わっていた。
その世界と全く同じ世界観で描かれたゲームが、ラスト・ゲーム。
その新作が出るらしいけど、俺は異世界で魔王として一度死んでる。その俺がプレイヤーである勇者を操作して魔王倒すって、さすがに心痛むだろ。
「でも気になってるんだろ?」
「そりゃあ、まぁ」
このゲームを作った人は、異世界の存在を認識してるのか無意識に作り上げたのか分からないけど、本当にそのまんまの世界観だったからな。
それの新作ってことは、もしかしたら魔王と勇者がいなくなった世界なのかもしれない。そうなるとどんなストーリーになるのかファンとして気にはなる。
家に着き、俺らは真っ直ぐ部屋に向かった。
今日からもう両親は旅行に行ってるから、三日間は誰もいない。あとでコンビニ行って飯買ってこないとな。
リュックを置き、俺はベッドに倒れ込んだ。蓮もベッドに腰を下ろし、ひと息ついてる。
「……ゲームシナリオ書いてる人ってどんな人なんだろうな」
「もしかしたら向こうで会ってる人だったりして」
「俺は魔物しか知り合いいないけどな」
「高校生が魔王だったんだし、案外そういう人なのかもしれないな」
「勇者も高校生だったもんな」
俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
そのまま自然の流れのように、蓮は俺の上に覆い被さって頬にキスをした。
くすぐったい。でも、嫌いじゃない。
俺は蓮の首に腕を回そうとした。
――カタン
その瞬間。棚から落ちたゲームのソフトが、強い光を放った。
一瞬のことだったけど、あれはラスト・ゲートの入ったケース。そんなことを考えてるうちに、俺たち二人はそのまま光に飲み込まれてしまった。
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