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最終話 【ありがとう】

――― ――  気付けば、俺達は元の世界に戻っていた。  スマホの時計を確認すると、俺らが向こうの世界に行った日から数分しか経ってなかった。  神剣がそうなるようにしてくれたのかな。 「……帰ってきたのか」 「みたい、だね」 「はぁぁぁぁぁ……なんか、一気に疲れた」 「そうだね。でも伊織、ちょっとスッキリした顔してるよ」  蓮にそう言われて、俺は少し恥ずかしくなった。  俺自身も気付いてる。  なんとなく胸の痞えが消えたような気がする。  いじめられた傷がそう簡単に言えるわけない。むしろずっと残るもの。これは一生背負い続けるものだ。  それでも、俺は悲しむだけで終わりたくない。  元の世界に戻った加治がどうなったかなんて俺には関係ない。今アイツがどう思ってるかなんて俺には関係ない。  もう俺には無関係だ。  俺はアイツと違って、前を向く。  今、アイツに言えることは一つ。  ざまぁみろ。  お前は俺が弱いと思って罵り続けていた。俺が下にいると思って優越感に浸っていたんだろう。でも、俺がいつまでも下にいると思うな。  俺は立ち止まらない。  残念だったな。俺には立ち止まった時に背中を押してくれる人がいるんだ。 「蓮」 「うん?」 「ありがとう」 「俺は何もしてないよ。殴り損ねたし」  本気で悔しそうな顔してる。  殴るよりも凄いことしてるんだから良いだろ。  もう、今度こそ本当に二度と向こうの世界に行くこともなくなったんだな。  でもクラッドやリドに会うことも出来た。  何も思い残すことはない。 「あのさ、蓮」 「なに?」 「俺、教師目指してみようかな」 「おー、いいじゃん。似合うと思うよ」 「難しいとは思うけど、俺だからこそ出来ることがあるんじゃないかなって」  いじめのツラさも怖さも知ってるからこそ、出来ることがあると信じたい。  俺は、もっと色んな人と関わっていきたい。  もしかしたら異世界を救うより大変かもしれないけど。  魔法もないこの世界で俺は無力かもしれないけど。 「俺はもう、自分の武器を持ってるつもりだ」 「うん。伊織なら出来るよ」  蓮が俺の頭を撫でてくれる。  少しずつ、一歩ずつ。俺に出来ることをしよう。  俺にはもう、勇気がある。  沢山の人がくれた、俺だけの勇気。  ありがとう、蓮。  ありがとう、リド。  ありがとう、クラッド。 「それじゃあ、気持ち切り替えていこうか。もう勇者も魔王も剣も魔法もないんだからさ」 「そうだな。今日からまた、ありのままの俺達だ」 「じゃあ早速、家帰るね」 「は!?」 「だって、着替え取ってこなきゃ」 「は?」 「だって伊織の家、クリスマスまでご両親いないんでしょ?」  俺は一気に顔が熱くなった。  そうだ。あの日の続きが始まるんだ。  一之瀬伊織として、ここからまたスタートする。  俺はやっと立ち上がったんだ。 「クリスマスの次はお正月だね」 「気が早いよ」 「向こうの世界に行ったときからずっと思ってたんだよ。こっち帰ってきたら何しようかって」 「へぇ、何をしたいんだ」 「沢山あるけど、最初は……あの日の続きかな」  そう言って、蓮は俺を抱きしめて口付けた。  これから先、何十年経ってもお前と一緒にいられたら。  それだけで俺は、前を向ける。お前が俺の勇気なんだ。  だってお前は、俺の勇者。  俺が勝てないのは、たった一人お前だけだ。 ――― ――  三学期の始まり。俺は教室のドアの前で深呼吸した。  まずは、初めの一歩を踏むんだ。  勢いよくドアを開けて、大きな声を上げた。 「おはよう!」  そして俺は、新しい一歩を進む。  未来に向かって。

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