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第1話
(ハァ……。なんだか疲れたな)
喫煙室の窓ガラスに映る疲れきった顔。ここ数日続いた残業は、三十代半ばの真崎 の体をことごとく痛めつけた。肩こりに腰痛、さらには役員からの小言に部下からの嘲り。やっと週末を迎え、あと数時間で解放される喜びを煙草の煙と共に噛みしめた。
十人並みの顔立ちに、目立つことは好きじゃない。営業職でありながら華がないと言われ続けてきた真崎だったが、唯一の救いは上司に恵まれていたことぐらいか……。
スーツのポケットの中でスマートフォンが振動した。煙草の煙に目を細めながら取り出して画面を見ると、真崎はふっと唇を綻ばせた。
営業部きってのキレモノ部長。イケメンだが、ドSで仕事に関してはかなり厳しい事を平気で言う。普通なら、そんな彼からのメッセージを見たら誰もが戦慄するであろう状況に、真崎だけは心が踊った。
『今夜、いつもの場所で』
社内では冴えないオジサン。でも――。
気化式電子煙草のキャップを閉め、朝から今の時間まで直ることのなかった寝癖を掌で撫でつけた。ギリギリまで自分を抑えこむ。逸る気持ちをグッと拳に握りしめ、真崎は一度伸ばした背筋をキュッと丸めると、重い喫煙室のガラス戸を開けた。
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