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第3話

 濡れたシーツが気持ち悪い。何とも言えない雄の匂いが鼻をつく。  真崎は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。視線の先にはくたびれたスーツが散らかっている。それを着ていた真崎はもっと自身の年齢を感じずにはいられなかった。  体中が軋むように痛い。気怠げに寝返ろうとした――が、その身体は力強い腕にホールドされ、動くこともままならなかった。  後孔に感じた異物感に恐る恐る指先を這わすと、そこには灼熱の肉棒が深々と突き刺さっていた。  セックスを終え、互いが満足すれば後腐れなく部屋をあとにする。それが決まりだった。  たとえ真崎の神村に対する想いが『恋』に変わっていたとしても、男娼と客という関係は崩れない――いや、崩してはいけないと思っていた。  真崎が目覚める時、神村は身支度を整え数枚の札をテーブルに置いて去っていく。だが、今日は違った。 「――起きたか?」 「部長……。なんで? 帰らないんですか?」 「気を失っているお前を放って帰るほど、俺は鬼畜じゃない」 「でも……。俺は男娼で……そんなこと、気を遣われる必要ない」  神村は真崎の髪に顔を埋め、汗に濡れたままの細い髪を啄んだ。 「可愛い……。そう思った」 「へ?」 「ずっと前から……。そう思っていた」 「部長……何を言っているのか……分からな――」 「他の男に抱かせたくない。俺だけのモノにしたいって……思った」  ビクン……。真崎の中で、神村のペニスが質量を増したのが分かった。ドクドクと脈打つそれは、彼が身じろぐたびに中に出された大量の白濁を逆流させ、結合部から溢れさせている。 「部長……出て……るっ」  声を上擦らせて言った真崎に、神村はもっと自身の腰を密着させて耳朶を甘噛みした。 「孕め……。俺の子を孕め」 「え……」 「他の男の前で、俺の精子垂らしたら許さないからな。お前は俺のモノ……誰にも渡さない」 「ちょ……それって。え? どういうこと……です、かっ」  振り返ろうにも両腕で抱き込まれた真崎は、焦ったように声をあげた。神村の表情は窺い知ることは出来ない。この言葉を自分の都合のいいように解釈したら、裏切られた時に受ける傷はさらに大きく深くなっていく。  今ならまだ、誤解だった言い訳できる――真崎は神村に猶予を与えた。思わせぶりな言葉は刃物に変わり、知らず知らずのうちに真崎の心を抉る。そうされながらも、この関係を壊したくないが故に口に出すことなく、心の奥底に仕舞い込んできた。それを無理やり抉じ開けようと踏み込んできた神村に、わずかだが怒りを覚えた。 「――それって、部長専用の男娼って意味で言ってるんですよね? 今までと変わらない……。何かを期待させるような言い方、やめてもらえますか?」  突き放すような声音。真崎は自分でも驚くほど淡々とそう口に出していた。しかし、神村の手は離れなかった。先程よりも強く抱き込まれていることに気づく。 「部長っ」  苛立った真崎が声を上げた時、神村の低い声が鼓膜を震わせた。 「ドMで淫乱で……可愛い。ツンデレもいいが、そろそろ俺の前でだけは素直になったらどうだ? 友哉(ともや)……」  トクン……。心臓が大きく跳ねた。  ベッドの上で初めて名を呼ばれ、真崎は身を強張らせた。それが神村にも分かったのか、宥めるように優しく撫でさすってくれる。 「俺しか知らないお前。これから先、誰にも教えない……」 「部長……」 「道隆(みちたか)――だろ? ちゃんと呼ばないとお仕置きするぞ」 「え? あ……あぁんっ!」  グッと腰を突き込まれ、最奥を抉られる。はしたなくも下腹につきそうなほど反り返った自身のペニスをやんわりと掴み、ゆるりと上下に扱き上げた。 「――また、したくなる」 「するか? お前が満足するまで、俺は何度でも付き合うぞ? このまま突いてやろうか? それとも……」  項にキスを繰り返す神村の唇が気持ちいい。真崎は細い腰を突き出すようにして、吐息交じりに小さく喘いだ。 「信じられないというなら、俺の顔を見て……するか? お前の顔面シャワーは心地よかった」  ハッと息を呑んで肩越しに彼を睨みつける。頬が熱い。きっと赤くなっている。 「あれは、ぶちょ……道隆のせいっ」 「今、部長って言いかけただろ? お仕置き決定だな……。俺の精子を入れたまま、月曜日の朝礼でスピーチしろ。ちゃんと栓はしておいてやる……バイブ付きだがな」 「やだっ! そんなの……もし、漏れたらっ」 「漏れたら? 恥ずかしいか?――きっと、いい匂いがする。あぁ……。だが、目立たず、ひっそりと気配を消してきたお前が注目されるのは癪だな。会社では今までと変わらずにいてくれ。そうじゃないと、ところ構わず襲ってしまいそうだ」  ドS上司と名高い神村。だが、その奥底に隠された真崎への執着と強い独占欲が心地よく感じられるのは、彼がドMだから……。 「アラフォーのオジサン、苛めて楽しいですか……?」 「苛めてっていうのは人聞きが悪いな。俺だって四十超えてまだ独身だぞ」 「貴方はモテるから……。この際、女性と偽装結婚したらどうですか?」 「そしたら、お前……悲しむだろ? 泣かせたくないんだよ……」  神村は薄っすらと汗ばんできた真崎の背中にキスを落とした。真崎がビクッと体を震わせると、ペニスを扱いていた手に神村の手が重なり、指が絡まった。溢れた蜜が二人の指を伝っていく。 「――愛してるから」  神村の言葉に、真崎の頬を一筋の涙が伝った。  自分を戒め、あえて避けていた言葉……。でも、心の奥でずっと待ち続けていた言葉だった。  薄い肩を震わせ嗚咽を堪えた真崎に気付いた神村が焦ったように覗き込んできた。 「おいっ。なんで泣いてるんだ? 俺、泣かせるようなこと言ったか?」 「言ったじゃないですか……」  真崎は恨めしげに睨みつけると、体を捩じって彼の頭を引寄せると思い切り唇を重ねた。舌を絡ませ、彼の歯列をなぞる様に口内を愛撫する。何度も啄み、互いの唾液で唇が濡れるまでキスを繰り返した。  そして、吐息と共に唇を離した真崎は、二人の間に引いた銀糸を舌先で掬いながら微笑んだ。 「ドSなら命令して下さい。俺を愛せ……って」  神村の獣のような鋭い目に光が宿る。真崎の細い腰を抱き寄せ、前を扱いたまま掠れた低い声で言った。 「――俺だけを愛すると誓え」  ゾクゾクとした甘い痺れが脊髄を駆け上がる。真崎は小さく「誓います」と吐息まじりに囁くと、息を詰め背中を弓なりに反らせて達した。二人の手を汚した白濁がゆっくりと指に絡まるようにシーツに落ちていった。  ドS上司の手に堕ちたドMの部下は、今夜も獣のように激しくまぐわう。  平凡でいい。十人並みの顔でもかまわない。  ドMで淫乱なビッチでも愛してくれる人はいる。そう、すぐ近くに――。 「部長……。どっちの俺が好きですか?」  Fin

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