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1.結婚しよう(誤爆)
「結婚しよう」
「え」
何気なく呟いた言葉に、海里(かいり)が反応した。
「え」
私も思わず雑誌から目を離して、海里の方を見る。
海里は花柄の茶碗片手に間抜け面を晒していた。
もう片方の手にはスポンジ。
昼食の片付けをしてたんだったか、あいつ。
「いや……だからさぁ、……おっさん今……結婚しようって」
海里の手から今にも茶碗が滑り落ちそうだ。
とりあえず、それをシンクか何処かに置いてくれ。
その茶碗、友梨が気に入っているやつだ。
割ると泣くぞ。
「言ったけれど、どうした。
とりあえず茶碗、置いてくれ」
「あー……うん、わかった!!」
海里は泡がついたまま、茶碗を食器棚になおした。
おい。
「流せてないぞ、泡」
「うん、そうね。
大丈夫、後で綺麗に流しとくから」
そう言いながら、海里が落ち着きなく食器棚を閉める。
いや、今流してくれ。
恐らく、海里は私の言葉をちゃんと理解していない。
……何をそんなに動揺してるんだか。
海里はしばらくウロウロとした後、前の席に腰をおろした。
「あのさぁ……結婚しようって……言ったの?
おっさん、そう言った?」
確かに言った。
"結婚しよう"って言った。
だけど、それがどうした。
あと、おっさんって呼び方、やめろ。
私の方が年上だからか知らないが、海里は私を"おっさん"と呼ぶ。
「なんなんだ、さっきから。
気持ち悪い」
「で……でもさぁ。
……結婚しようって誰に……言ったの?」
誰に?
……誰に?
あれは誰に向けて言った言葉でもない。
ただの独り言だ。
雑誌のあるページに書いてあったんだ。
それを何気なく読んだだけだ。
何故、それにお前が反応する。
海里よ。
……ああ、まさか。
普段は人を馬鹿にしたような海里が動揺してる。
つまり……そういうことか。
馬鹿じゃないのか、こいつ。
「誰がお前なんかに"結婚しよう"なんて言うか、馬鹿」
一瞬、海里が呆けた顔をする。
本当に馬鹿面だ。
じっと見ていると、どんどん顔が紅く染まっていく。
「俺だって……あんたみたいな……お、おっさんと結婚なんかジョーダンじゃないっての!!」
そう言い捨てると、海里は何処かに行ってしまった。
玄関のドアがあく音がして、すぐに閉まった。
……。
海里と結婚?
こちらこそ冗談じゃない。
そもそも男同士で、私には娘がいて、もう故人だが愛する女性もいる。
なのに、あんな存在自体が意味不明な男と結婚だ?
馬鹿げてる。
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