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沈んでいく心*side玲依

 勝手にキスしたバチが当たったんだ…… 「うっうっ……」 「も~~! 風邪ひいたぐらいでメソメソしないの! 男でしょ!」  芽依が俺の背をバシッと叩いた。  お見舞いに行った次の日、由宇の風邪がうつったのか熱を出した。完全に自業自得すぎる。  芽依が部屋に持ってきた水を飲みながら、自己嫌悪で目が潤む。  結局、由宇にキスしましたって言えないまま…… 「由宇……」 「やっぱり熱出しても尾瀬くんのことか」  芽依は適当に俺のおでこに冷えピタを貼った。微妙に位置がズレてて気になる…… 「メソメソしてんのは昨日からか。尾瀬くんの家で何かあったの?」  核心をついた質問で、返答に詰まる。 「俺は……最低なことをしたから……バチが当たったんだ……」  冷えピタの位置を直しながら、呟いた。言ってしまったら本当に終わりな気がして口には出せなかった。 「まあ聞かなくても玲依のことならだいたいわかるからね。尾瀬くんに何したかぐらいお見通しだよ」 「は」  目を見開くと、芽依は見透かしたようにため息をつく。双子だからなのか、単にこの状況がわかりやすいだけなのか…… 「……尾瀬くんにはちゃんと言っといたほうがいいんじゃない?」 「そりゃわかってるよ……」  わかってるけど……  俯くと涙がこぼれそうだった。 「恋する男は複雑だね。じゃあ私は大学行くから、大人しく寝ときなよ~」  芽依は由宇と同じ学科だから、教室に行けば会えるんだよな……いいな……  適当に返事をしながら、閉まるドアを見つめた。 「はぁ……」  ひとりきりになった部屋でベッドに寝転び、大きくため息をつく。というかため息しか出ない。  今すぐ由宇に会いたいけど、こんな罪悪感抱えたまま会えない。なにが俺を信じてだ……こんなことしておいてバカか俺……  正直に言わないとって思っても嫌われるのが怖くて言えない!  由宇に嫌われたら……生きていけない……せっかく昨日、ちょっと進展してるって知れたのに。それも思い上がりかもしれないけど……!  ああ……思考が昨日からずっとこのループだ。  これしか考えられなくて寝れなくて体調崩したんだろうな……  きっと由宇は、俺が風邪引いたのは自分のせいって思うだろう。違うのに、俺のせいなのに……  最悪だ。好きな人を不安にさせるなんて。  考えすぎて気持ち悪くなってきた。熱あるし当然か……頭ぐるぐるする……  ひとまず寝るか、と考えたけどこのままじゃずっとモヤモヤしっぱなしだ。たとえ嫌われても、由宇に黙ったまま過ごすほうが苦しい。  よし……!  ピンポーン  ようやく決心し、スマホを手に取ったそのときインターホンが鳴った。 「は、こんなときに客? タイミング悪すぎだろ……くそ……セールスだったら居留守してやる……!」  ひとまずインターホンの画面で確認しようと思い部屋を出る。  その画面には思いがけない人物が映っていた。 「うるさい! 帰れ!」 「由宇くんだと思った? ざ~んねん! 俺でした♡」  玄関を開けた先に立っていたのは音石七星だった。インターホンの連打がうるさくて出るしかなかった。  精一杯睨んだが、音石は気にせず目元にピースを持ってきてポーズを決めた。サラサラの金髪が風に揺れて光った。クォーターの血なのか、異常なほど顔がいいのもムカつく。 「……」 「あっ、ちょ、閉めないでよ! 俺と玲依くんの仲でしょ!」  閉めようとしたドアを音石が掴む。  くっそ……! 俺より細いくせに力つよ……! いや、俺の力が入らないだけか……!?  しばらくドアを掴んで攻防したが、風邪を引いている俺が負けを認めるしかなかった。 「なんで俺の家知ってんだよ! 熱出たことも!」  息を切らして抗議するが、音石はドアにもたれかかり余裕そうに舌を出して笑った。 「まあ、いろいろと探ってるからねぇ」  こいつ……! 俺の家まで知ってるんだから、もちろん由宇の家も知ってるんだろうな……監禁まがいのことをするようなやつだ。危険すぎる……!   ここに来たのも、風邪で弱ってる俺を消すために……! 「はい、これお見舞い」  思いがけない言葉に音石をじっと見ると、手に持っていた袋を渡された。 「はぁ……? ろくなもんじゃないだろ」 「信用ないなあ」  信用もなにもない、と思いながら受け取った袋を見る。中には唐辛子、豆板醤、タバスコ他……真っ赤な瓶だらけだった。  何だこの胃に悪いもののオンパレード。 「病人に渡すもんじゃないだろ、嫌がらせか!?」 「うん、嫌がらせだもん」  音石は屈託のない満面の笑みで答えた。ある意味予想を裏切らないお見舞いだ。 「ねえ、玲依くん」  まあ、料理には使えるか……と考えていると、不意に耳もとに顔を寄せられた。 「……したんでしょ? 由宇くんにキス」 「な、なんで、」  それは悪魔のささやきのようだった。  慌てて距離をとるが、音石は口もとに手を当てて笑った。手の隙間から犬歯が見える。 「お見舞いだけじゃうつらないでしょ、そんぐらいしないと。バレバレだよ」 「うっ」  見透かされてる。じとりと汗が出てくる。 「あはは、王子様気取ってるくせに。俺はベッドにもぐって抱きしめるだけで我慢したのにぃ~~ 玲依くんのケダモノ♡」 「はぁ!? ベッドの中!? ずるい!」 「ずるいのはどっちだよ。ねえ、キスしたって由宇くんに言ったの?」  指をさされ、ぐっ……と言葉を詰まらせる。俺の様子を見て音石は上目遣いにさらに口角をあげた。 「あ~あ……怒られちゃうねぇ」 「はは、ご心配どうも」 「そんで嫌われろ、バーカ」 「急にストレートな悪口だな」  こいつ……痛いところを突いてくる……! 殴り飛ばしたかったけど、この状態じゃ避けられるだけだ、と拳を握りしめた。 「じゃあ用はそれだけだから、ばいば~い」  音石は満足そうに微笑み身を翻し、手を振る。 「ほんとに嫌がらせするためだけにわざわざ来たんだな」 「俺が得意なのは精神攻撃なんだよ♡ 敵は弱ってるうちに潰しとかないとね」  かき乱された心を見抜くような不気味な笑みだった。光に照らされる緑の目を睨み返す。 「そんなこと言われても絶対、負けないから! さっさと治して由宇に謝って……」 「嫌われるかもしれないよ?」 「それでも……ちゃんと言うって決めたんだ!」  そう言い放ち、閉めた扉に鍵をかけた。

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