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伝わる体温と気持ち

「気がついたか?」  玲依がベッドの上でぼうっと目を覚ます。覗き込むと虚な目でこちらをじっと見つめた。 「俺の部屋に由宇がいる……?」 「何言ってんだ……お前気絶してたぞ。10分ぐらいだけど」 「え、ほんと……? かっこわる……」  玲依は布団で目もとまで顔を隠し、顔を赤くした。  力尽きて倒れた玲依をなんとかベッドに持ち上げた。ほぼ俺と同じぐらいだろうけど……俺思ったより力ないのかもしれない。鍛えようかな。 「お前さ、今日……というか昨日からほとんど寝てないんだろ」 「え、いやそんなことは…………っ あります……」  顔をしかめて睨むと、少しの間の後目をそらしながら小さな声で白状した。 「だろうな。俺が許した瞬間倒れるんだし、ずっと思いつめてたんだろ」 「そのとおりです……」  玲依は赤い顔でしょぼんとしながら眉を下げた。 「ほら、早く寝ろ。寝るまでいてやるから」 「え!?」  ベッドのそばに座ると玲依はますます顔を赤くした。布団を持つ手がぷるぷる震えている。 「由宇に見つめられてるなんて、興奮して寝れない……」 「はあ!? さすがに放っては帰れないし寝ろ! お前が寝ないと帰りづらいだろーが!」  すぐに帰るって決めてたのに、いつのまにかこんなことに…… 「めっちゃやさしい! 好き! でも寝たくない! 由宇にかえってほしくないもん! もっといっしょにいたい!」 「子どもか! 駄々こねるな! 寝ないと治らないぞ!」  むむむ……と互いに睨みあった。 「もう知らん! 俺がいたら寝れないんだったら帰るからな……」 「まっ……」  立ち上がった瞬間、腕を掴まれた。バランスを崩してベッドに倒れ込み、玲依に覆いかぶさる格好になってしまう。 「か、かえらないで……」  玲依の腕が首にまわる。 「れいっ……!」  抵抗する隙もないまま抱きしめられ、あっという間にベッドの中に引きずりこまれた。 「由宇、あったかい……」 「ちょ……っ! はなせ……っ あつい!」  正面から抱きしめられて、服の上からなのに全身が熱い。こいつの体温なのか、自分の体温なのかわからなくなってくる。 「ごめん……離したくない……ずっとこうしたかった……ねえ、寝るまでぎゅっとさせて……?」  ほとんどゼロ距離から、とろけた目で見つめられる。ぎゅっとさせて、って許可取ってるつもりだろうけど絶対離す気ない。 「……寝るまでいてやるって言っただろ。早く寝ろ」  仕方なく折れると、途端に玲依の顔が明るくなる。熱でしんどいだろうに幸せそうにしていて怒れなかった。 「……なあ、聞いてもいいか?」 「俺としゃべってくれるんだ、うれしい……」 「ちが、そういうんじゃなくて! 気になってたことがあって……昨日、俺と何話したんだ?」  こいつが寝るまで帰れないし、今じゃないと聞く機会を逃しそうだったからずっと頭に引っかかっていたことを聞いた。 「そっか、覚えてないってさっき言ってたね……」  少し残念そうに玲依はつぶやいた。 「俺、高熱のときのこと覚えてないみたいなんだ。なにか大事な話してたら悪いなって」 「気にしてくれてたんだ。ありがとう……いいよ……俺は何回だって伝えるから……」  玲依はふわりと笑って、でも真剣な眼差しで真っ直ぐ俺を見つめた。ぎゅっと俺を抱く手に力が入った。 「俺は、ぜったいに由宇をうらぎらない……ずっと由宇のことが好きでいる……だから、俺のこと信じてほしいって……言ったんだ」 「は、はあ……!?」  思ってた以上に小っ恥ずかしいセリフが顔を赤く染めた玲依から紡がれ、顔が熱くなる。なんでこんなことを言えるんだ、こいつは。 「そしたら由宇は今はちょっとって……だから、ゆっくりでいいって伝えたら、また返事するって言ってくれたんだ……」 「そ、そんな話してたのか……!?」 「おれ、がんばるから……由宇に好きになってもらえるように……信じてもらえるように……おれのことも由宇に知ってもらえるように……がんばる……」 「えっ ね、寝たのか!?」  だんだんと話すテンポがゆっくりになっていき、気がつくころには玲依は眠っていた。  ……まつ毛長……やっぱりめっちゃ顔綺麗だな……幸せそうな顔して寝やがって……しかも俺を抱きしめたままだし。せっかく寝たのに起こすこともできなくて出るに出られなくなってしまった。どうしよう。 「信じてほしい……か」  めんどうな質問を保留にしてしまった。他人を信じるなんて俺にはできないのに、断れなかった。熱のとき、いくら意識がないとはいえ断ることぐらいできるだろ……なのに、保留にしたのはなんでだろう。  こいつと関わりはじめてからこんなことばかりだ……! 変な気持ちになったり、ドキドキしたり、揺さぶられてばかりで……ん? ドキドキ?  そんなことを考えながら、俺もいつのまにか玲依のぬくもりとローズマリーの香りに包まれて眠っていた。 「ただいま~、って、尾瀬くんまだいてくれてるのか。よかったね~玲依」  玄関で由宇の靴を目に入れながら芽依は上機嫌でつぶやく。様子を確認するため階段をのぼり、玲依の部屋をノックする。 「れーい、尾瀬くーん……? 生きてるー?」  声が返ってこず、そっと扉に手をかける。  中は真っ暗で静まりかえっていた。開けたカーテンがそのままになっていて、寝落ちしたことが見てわかる。耳をすませると2人分の寝息が聞こえてきた。 「……って、一緒に寝てる…… ふふ、2人とも幸せそうだし、もうちょっと寝かせておいてあげようかな?」  にやりと笑った芽依は、そっと扉を閉めた。

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