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【番外】お前が慣れてくれ
「はあ……」
とある空きコマの時間。図書館の自習スペースに座りひと段落したところで、勝手にため息が出た。
「ゆーうくん♡」
「七星か……」
1人になった途端に現れるんだよな……絶対俺のことつけてる。背中に飛びついてきた七星を引き剥がすと、ムッとしながら隣に座られた。
「どしたの、悩み事? 当ててあげるよ。翔太くんに告白されてから、今まで以上に過干渉すぎて困ってるんでしょ」
コロっと表情を変えた七星は、俺の返事も待たず勝手に話を進めた。しかもおおよそ当たっている。読心術でもできんのかよ……
そう、俺の現在の悩みは翔太にあった。
最近翔太がゲロ甘に甘やかしてくるし、好意がフルオープン!! 慣れなくて戸惑うし困る!!
ひとつ例を出すと……
少し前に新しいゲームを買ったと聞いて翔太の部屋に行った。翔太が飲み物やお菓子を取りに席を外していたとき、本棚から何かが落ちてきた。戻してやろうと拾うと、それはアルバムだった。
何の気なしにめくると……
俺だ。
めくってもめくっても俺の写真。幼稚園から高校まで、全部俺。あの夏の定番曲が流れそうなほど、俺、俺、俺。
めくるのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくる翔太に気づかなくて……
「……見たな?」
「gadxqddwuwl“~~~~ッ!?!?(声にならない叫び)」
耳もとで聞こえた声に、心臓が止まりそうになりながら飛び退いた。翔太は俺の姿を見て「猫みたい」とくすくす笑った。怒ってはないみたいだ。
「ごめ、勝手に見て、いや、落ちてきたから戻そうとして……ってか、なんで俺の写真ばっかり!」
「好きだから」
顔が火照っていくのを感じた。んな恥ずいことを真顔でサラッと言うなよ!!
「そのアルバム、由宇には秘密にしてたけど、もう隠す必要はないしな。昔から由宇の写真は全部現像して保存してる」
「……」
「尾瀬家のアルバムより充実してる自信がある」
んなことで張り合うなよ。知らない方がよかったかもしれない……幼なじみなのに、まだまだ知らないことがいっぱいあったんだな……
翔太はフッと笑い、手に持っていたおぼんをテーブルに置く。
「今日は母さんがパウンドケーキ焼いてくれてるぞ」
「! 食べる!」
翔太のお母さん・香織さんが作ってくれる料理とお菓子は絶品で、俺の大好物だ。さっきまでの動揺をすっかり忘れてマーブル模様のパウンドケーキに飛びついて「いただきます!」と頬張る。素朴な甘さが美味い。玲依が作ったのはお店みたいだけど、こういう手作り感あるお菓子はお店じゃ買えない良さがあるよな……
パウンドケーキに浸っていると、なんか視線が……
慈しむような、そんな表情で翔太は俺をガン見していることに気づく。
「なんだよ、食いづらいな!!」
「さっきまで警戒してたのに、お菓子を出した途端にそのことすっぽ抜けたろ……ほんと可愛いな」
たしかに写真のことなんて忘れて食べてた。罠に食いつく動物みたいじゃね!? ……気をつけよう。
恥ずかしくて無言でパウンドケーキを食べ続けていると、翔太の手が伸びてきて、頰を包まれた。顔が近い。
「な、なに!?」
「触りたくなった」
「毎回急なんだよ!」
「さすがに、いきなり手ぇ出したりはしないから。今日は母さんもいるし、安心しろ」
「安心て……」
「そんなことしたら口聞いてもらえなさそうだし。由宇に拒絶されるのがいちばんキツいからな」
「黙り込んだということは当たりってことだよね」
七星の声で、現実に引き戻された。
「ハッキリ言ってやればいいんだよ。過保護すぎる、距離が近い、ベタベタするな、迷惑だって」
七星の笑みは悪魔そのもの。由宇と翔太の仲を悪くしてやろうって魂胆が見え見えだった。
「お前の作戦には乗らねーからな。もう翔太とギクシャクすんのやだし」
「ふん、もともと俺はあんたらを仲直りさせるのには反対だったんだよ。どうせ翔太くんのことフるんだし、ギクシャクすんのは目に見えてるじゃん。それでも庇うんだ。その優しさは、優しさなのかなあ?」
「……」
七星の言葉は包み隠さずストレートだ。こいつと話すのは痛いところを突かれて苦手だ。チクチクと胸に刺さる感じがする。
「それは、翔太に聞いてみないとわかんないし……」
「聞けるの?」
「……とにかく、距離が近いってのと、前くらいの過保護に戻ってもらうように言ってみる。なんか上手い感じに言う」
「ふーん、じゃあ行ってらっしゃい」
「は? 別に今から行くわけじゃ……」
ニヤニヤと七星が指をさすのは、俺の後ろ。まさか。
……翔太がいた。少し離れたところで、無言でこっちを見つめていた。
言葉を詰まらせてる間に、翔太は後ろまでやってきた。立ってる翔太に見下ろされると威圧がえげつない。
「え、えと……どこから聞いてた?」
「音石がきたぐらいから」
だよな!!このパターンは全部聞いてるやつだよな!!
「あのな、迷惑ってわけじゃねーんだ、その……ちょっと世話焼きが多すぎというか、翔太のその変化に慣れないからその」
「つまり翔太くんが過保護すぎて迷惑でウザいってことだね、由宇くん!」
「こら七星!」
あああ、どう言えばいいんだ。言い訳みたいな言葉しか出てこない! また喧嘩になるのは嫌なのに!
「由宇、聞いてもいいか?」
「はい……」
「俺が告白して態度が変わって、ドキドキするか?」
「そりゃ、今までと違うし……告られたら意識はするだろ……」
「ごめん」
え、なんの「ごめん」? 翔太が謝る必要なくないか? この場合、悪いのは俺だろ。また翔太に謝らせて……
「俺は音石とは違うから、由宇の嫌がることはしない。けど、もう遠慮はしないって決めたから態度を帰る気はない。由宇が慣れてくれ」
「そう来る!?!?!?」
翔太はしゃがんで、俺の手を取った。手の甲が翔太の形のいい薄い唇に近づく。
き、キスされる! と思った瞬間、七星の手刀が間を切り裂いた。
「俺の存在を忘れるな! あとさりげなくディスったろ!」
「ギャンギャンうるさいな」
「もーっ! せっかく仲違いさせてやろうと思ったのに!」
「策士策に溺れる、だな」
「っ……! ムカつく!!」
……俺、慣れていけるかな……?
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