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【番外】コスプレ、何にする?

 とある日の昼下がり。理学部4号館の入り口にて…… 「あ、名越くん」 「……」  玲依と翔太がバッタリ出会った。眉を寄せ目つきを悪くする翔太に、玲依が駆け寄る。2人は並んで自動ドアをくぐり、エレベーターに乗り込んだ。  普段は縁のない理学部棟。ここに2人が来たのには理由があった。 「もしかして、名越くんも三谷さんに呼ばれて?」 「……そうだ」 「俺たちが呼ばれるってどんな用だろうね。罠かもとは思ったんだけど、由宇を攫ったこと、すごく反省してたし大丈夫かな。それにしても、名越くんが応じるなんて意外」 「あいつの手元にある由宇のデータを消すためだ」 「カチコミに行く前みたいな殺気だけど……器物損壊で訴えられないようにね……」  エレベーターは5階に到着し、廊下の奥の院生室の扉をノックする。が、返事がない。 「……あれ、留守?」 「開いてるな」  三谷相手に遠慮など必要ないと思っている翔太は、迷いもノックもなしにドアを開けた。玲依も後ろから覗き込む。そこには…… 「いいよっ!ななたん!目線こっち! 次はあえて逸らして憂う感じで!あっ最高です!!」 「「…………………………」」  興奮した三谷が無我夢中で、コスプレをした七星の写真を撮っていた。一眼レフのシャッターを切る音が部屋に響いている。フラッシュの下で、七星は満更でもなさそうにポーズをきめている。ツインテールにうさ耳、魔法少女をイメージした服は三谷の推しキャラである『ななたん』の衣装だ。それを見にまとう七星は、アニメの中から飛び出てきたようなクオリティの高さだった。  その異常な光景を処理できなかった玲依と翔太は、無言でパタリとドアを閉めた。 「帰る」 「うん。俺たちは何も見なかった」  回れ右してすぐ、ドアが再び開いた。 「スルーしてんじゃねえよ。あんたらが遅いから待ってあげてたんだよ」  ドアから出てきた七星は腰に手を当てて口を曲げた。頭についたうさ耳が不機嫌そうに揺れている。 「その割にはノリノリで撮られてたじゃん」 「報酬は弾むらしいからね」 「悪代官の笑み……」  お金の手を示す七星。その間も、翔太は足を止めず廊下を突き進んでいる。 「あっ、名越くんマジで帰ろうとしてる! 待って!」  エレベーターに乗ろうとした翔太を掴み、なんとか引き戻す。 「俺は帰る。時間の無駄だ」 「でもさ、何で呼ばれたのか気にならない? おそらく由宇の事だろうけど」  それは翔太も思っていた。何にせよ、由宇のこととなれば話を聞いておかねば。自分のいないところで玲依と七星が何かしら企みかねないし……  翔太は大きなため息をついた。 「……ひとまず話だけ聞く」 「よし、戻ろう!」  3人が部屋に戻ると妙にキラキラした爽やかさを纏う三谷が出迎えた。七星を思う存分撮影できてご機嫌らしい。すぐ近くの机に座るよう進めてきた。 「いらっしゃい。髙月くん、名越くん。時間通りだね」 「時間通り?」  違和感を感じた七星は三谷の前で足を止める。 「ちょっと待て、玲依くんと翔太くんは何時集合って聞いてたの」 「15時」  翔太も頷く。  七星はすぐに憤怒を浮かべ、勢いよく三谷に掴みかかった。 「おい変態、俺は14時って聞いてたんだけど」 「はわ、怒るななたん、可愛いねぇ……至福……♡」 「俺の撮影したくて時間変えたろ!?」 「ちょっと背伸びして掴んでるのも必死感あって可愛い♡」 「あんた何様だぁ!?!?」 「音石が騙されるなんて珍しい……ふふっ」 「ダセえな」 「笑うな!!」  仕切り直し、パイプイスに座った3人の前にはコーヒーが置かれ、お茶菓子まで用意された。 「今日は集まってくれてありがとう。それじゃあ……」  机に手をつき、さぞ楽しそうに笑った三谷に、全員不信感を抱く。三谷が口を開くのを待たず、翔太は睨みをきかせた。 「てめぇ、由宇に手ェ出してみろ、●すぞ」 「わー、清々しいほどの暴言だ。僕年上なんだけどな。運動部ってそういうの厳しくないの?」 「てめぇみたいな下衆に敬語は要らない」 「殺気が怖いねえ。尾瀬くんに告白したから開き直ってるのかな」 「そうだと思いますね」 「んなこといいから、さっさと要件を話せよ」  三谷はよくぞ聞いてくれたとばかりに大きく頷いた。 「服を作ることが僕の趣味なのは知ってると思うけど……あ、ちなみに今、ななたんが着てるものも自作だよ」 「もう着替えてよくない?」 「いや、もうちょっと! もうちょっと堪能させて、ね? 報酬さらに増やすから!」  それなら、と七星は納得した。三谷はにこにこ微笑みながら話を続けた。 「それで、尾瀬くんに次なる衣装を作ろうと思うんだけど……っぐぇ!?」  翔太が目にも止まらぬ速さで三谷の胸ぐらを掴んだ。玲依が驚きながら「恐ろしく速い胸ぐら掴み……俺でなきゃ見逃しちゃうね」と溢した。元ネタがわからない七星は「俺にも見えたけど」とマジレスを返している。 「手ェ出したら●すって言ったよな」 「待った待った! そこが本題じゃなくて。尾瀬くんを攫って迷惑をかけたお詫びに、君たちの意見を反映させたいなと思ってね」 「は?」 「端的に言うと、君たちが尾瀬くんに着て欲しい衣装を作ろうと思います」  提案が突飛すぎて、玲依と翔太はすぐに理解できなかった。2人が頭上にはてなマークを浮かべる中、いち早く提案を飲み込んだ七星はバッと手を上げ、 「俺はバニー」  迷いなく答えた。三谷は天井を見上げて拍手をする。 「分かる……分かるよ、ななたん……露出度の高い衣装、網タイツ、うさぎ耳に尻尾……最高にエッ」 「黙れ」 「いだだだだだ!!!」  怒りを露わにした翔太は、空いた左手で思いっきり三谷の頰をつねった。つねられたところが赤みを帯びる。 「変な妄想に由宇を使うな。お前らもだぞ」  鋭い視線で睨みつけられても、七星は全く怯まず嘲笑した。 「ボディーガードぶってんじゃないよ。人のこと言えないくせに。あんただって毎晩毎晩、由宇くんで抜い……」 「てめぇな……」  翔太が次は七星に掴みかかろうとしたとき、玲依が「はいっ!」と勢いよく手を上げた。その目はキラキラと輝いている。 「俺はメイドで!」 「髙月くんもメイド派か。分かるよ……うんうん、いいよね。前に尾瀬くんを攫った時はフレンチメイドを着てもらったから、次はスカート丈の長いヴィクトリアンでどうかな。控えめで上品なフリルから清楚さを感じられて、グッとくるよね……中はもちろんガーターベルトで……」 「さ、最高じゃないですか!? でも、俺は前のを見てないんですが」 「僕のスマホの写真は、ななたんに消されちゃったからね」  以前、三谷が由宇を攫ってメイド服を着せ、監禁しようとした事件。七星の活躍により未遂に終わったが、その時三谷が撮影した写真は全て七星が保存している。  玲依は七星をじとりと見た。 「音石、写真見せてよ」 「やーだね」 「スマホ貸して」 「今ここに持ってきてないもーん」  べぇ、と舌を出して煽る七星。利害が一致した玲依と翔太は目を合わせて頷き合う。翔太は無言でふんぞり返って座っている七星を羽交い締めにした。 「う、わっ!?」 「ななたんの荷物ならあっちだよ」 「変態!! 裏切ったな!?」 「よし、取ってこい髙月」 「犬みたいな命令してない? でも、ナイス!」  じたばたと暴れる七星に構うことなく、玲依は七星のバッグを漁る。 「ゴリラめ! かよわい美少年を捕まえるなんて卑怯だー!!」 「てめえのどこがかよわいんだ」 「ななたんの縛りプレイ……きゅんです♡」 「写真を撮るなぁ!」 「あ、スマホあった!」  七星のバッグから取り出したスマホを、玲依は宝物をゲットしたみたいに掲げた。それを七星に近づける。 「顔認証を……」 「ふん!」  七星は向けられた画面から顔を背ける。その攻防を何度か続けるが、埒が明かない。 「うーん、パスワードが分かればなあ」 「どうせ由宇の誕生日だろ」 「!」  翔太の言葉に七星が分かりやすく反応する。 「なるほど! 0920……開いた!」 「パスワードは分かりにくいものにする、そんな常識も知らないのか?」  翔太の涼しげに勝ち誇った顔を七星は悔しそうに睨みつけた。 「えーと、由宇のメイドの写真……うわ、フォルダが由宇とリリィばっかりだ。俺も似たようなもんだけどさあ……あ、この写真欲しい! これもこれも……」  寄り道しながら写真フォルダをスクロールする。  やがてメイド由宇の写真にたどり着いた。想像以上のかわいさに、玲依の頰はみるみる染まる。翔太と七星は冷めた目だ。 「やっば、くっそかわいい……天使、ネコチャンだ……よし、これを俺のスマホに送って……」 「俺にも送れ」 「了解。これで共犯だね」 「その写真を持ってるのが音石だけなのが気に食わないだけだ」  エアドロの音が鳴り、七星は解放された。歪めた顔のまま、玲依からスマホを奪いとる。 「ふん! サイテー! 由宇くんに言い付けてやる!」 「いや、いつも怒られてるしあんまり変わりはないというか」 「お前も一緒に怒られるだけだろ」 「開き直ってんじゃねーよ! こいつらマジで嫌い!」  全員が席に戻り、やりとりを見届けた三谷が笑い始める。 「いやあ、君たち面白いね。前までは憎たらしくて仕方なかったけど、仲間になって分かったよ」 「お前と仲間になった覚えはない」 「で、話を戻すけど名越くんは? 何派?」 「……」  翔太の向かいに座る七星は、腕を組んで黙り込む翔太の足を乱暴に蹴った。 「へー、無言? 自分だけ言わないなんて卑怯だなぁ。いや、逃げか。恥ずかしいんでしょ。ダッサ」 「……」  煽られて苛立った翔太に蹴り返された。七星は「痛っ!」と声を上げるが、机の下の攻防のため、玲依と三谷は気づかない。 「……ナース」  翔太のぼそりとした呟きが部屋にこだました。いや、こだましたみたいに聞こえるほど部屋が静まりかえった。沈黙を破り、手を叩いたのは七星だった。 「あっはははははは!! あんだけ言っといて!あんたがいちばんムッツリじゃん!! ははは!!」  七星は机をバンバン叩きながら、腹を抱えて笑う。三谷は笑いを堪え、震えている。一方の玲依は噛み締めながら「ナース……めちゃくちゃそそる……名越くんセンスいいね……」としきりに頷いた。  翔太は言わなきゃよかったと、頭を抱えた。張り合ってしまったのが間違いだった。 「あー、くそ笑った。お礼に今回は譲ってあげるよ。ナースに決定」 「うん、そうしよう。露出系……いや名越くんは清楚の方がいいかな?」 「妄想が捗りますね……」  勝手に話が進んでいく中、翔太は音を立てて乱暴に立ち上がった。粗暴な行動から相当な苛立ちが見て分かる。 「馬鹿馬鹿しい。帰る。そんなこと由宇が嫌がるし、断るに決まってるだろ。由宇を困らせたらシメる」 「待って」  ドアに向かう翔太を、三谷が呼び止める。 「名越くんだって、衣装を着た尾瀬くんを見たいって願望はあるだろう? 撮影会には呼ぶからさ」 「……………………それでも駄目だ」 「今考えたね」 「考える間だね、あれは」  壊れそうな勢いでドアは閉められた。 「では、尾瀬くんにナースを着てもらうために策を練らないと」  後日、美味しいお菓子につられた由宇が院生室にやってきてしまうのは、また別の話。

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