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幼なじみの選択 エピローグ
今日の朝も、スッキリと目が覚めた。講義は1限からだ。1限ダルい、とかそんな話をよく聞くが、俺はむしろ嬉しい。朝から由宇に会えるから。
身支度を整えて7時前にリビングに降りると、早出だった父さんはすでに家を出ていた。洗い物をする母さんがキッチンに立っていて、顔を上げてにこりと笑った。
「おはよう、翔太」
「はよ」
今日の朝飯は和食だった。ごはんと味噌汁を皿に盛り、お茶を注いで、用意されていたおかずと一緒にテーブルに運んだ。毎朝これだけ品数の多い朝ごはんが用意されているのは、本当にありがたい。なかなか礼は言えないけど。
「翔太、最近ご機嫌ねぇ」
「ん"ッ……!」
心のうちを言い当てられて、味噌汁を吹き出しそうになった。むせながら、洗い物を続ける母さんを見る。
「なんで……」
「分かるわよ。最近朝起きてくるのも家を出るのも早いし。前みたいに由宇くんを迎えに行ってるんでしょう?」
「……まあ」
その通りだけど、そこまで分かるもんか……?
見透かされているのが恥ずかしくて、早めに飯をかきこんだ。
「ごちそうさま」
皿をキッチンに持っていくと、そこには弁当箱が2つあった。まさか。
「これ……」
「そう、翔太と由宇くんに。#今回は__・__#渡せるといいわね」
「は……!?」
なんで何も言ってないのに渡せなかったの知ってんだ……!? 黙って弁当箱置いてたからか……!?
俺の戸惑いを見透かし、母さんは訳を説明してくれる。
「この前のお弁当袋の中にね、お手紙が入ってたのよ。『尾瀬くんの代わりにお弁当いただいちゃいました!美味しかったです!』って!それから丁寧に料理の感想まで書いてくれててね。髙月芽依ちゃん、良い子ね~」
頭が痛い。髙月妹め……余計なことを……
「髙月とはそういんじゃないから……マジで……」
「分かってるわよ。翔太にとっては由宇くんがいちばんだものね~」
「!?」
「言葉にしないのに態度には出やすいの、啓志くんそっくりだわ。私はいいけど、好きな人にはちゃんと伝えないと誤解されるわよ」
「うっ」
母さんはクスクスと笑う。実際、由宇との喧嘩の原因はそれだったわけで……図星すぎて返す言葉もなかった。
「……父さんには言わないでくれ……」
やっぱり母さんには、エスパー能力が備わっているのかもしれない……
由宇を迎えに行くため、早々に家を出た。澄み切った朝の空気が心地よい。徒歩5分程度の距離を足早に歩き、由宇の家に到着した。インターホンを押そうとした時、由宇の弟の宇多が玄関から出てきた。高校生の方が登校時間は早い。
「あ、翔太くん」
「はよ。宇多」
「おはよう」
「由宇はまだ準備中か?」
うん、と頷いた宇多が玄関を振り返り、家の中に向かって「由宇、翔太くん迎え来てるーー」と控えめに叫ぶ。
すると、バタバタと足音が近づいてきて、焦った由宇が顔を出す。服は着崩れて、寝癖も跳ねている。まだ全然準備できていないのに、とりあえず出てきてくれたんだろう。可愛いな、と言葉が無意識に出そうだったが、宇多がいるので何とか飲み込んだ。
「はよ、由宇」
「おはよ、てか来るの早すぎ!まだ準備中! あとその……わざわざ迎えに来なくてもいいのに……」
「俺がしたいからしてる。いいだろ?」
「その言い方は断りづらいだろぉ……」
反論出来ずに照れて困る姿が今日も可愛い。
「とにかく、まだ出れないから。外はなんだし中で待ってて」
そう言って由宇は顔を引っ込めた。バタバタと足音が去っていく。宇多が無表情のまま、こっちをじっと見る。
「言ったんだ?」
宇多は周りをよく見ている。由宇の変化に気づかないわけはない。
「言った。宇多、今まで色々と迷惑かけててごめんな」
「ちょっと前に喧嘩してたでしょ。由宇、ご飯の時とかずっと黙ってて暗いしめんどくさかった。喧嘩するのはこれっきりにして」
視線が痛い。家でも相当大変だったんだろう。宇多の気まで悪くしてたのは申し訳ない。
「ほんとにごめん。あの時は冷静になれなくてさ」
「もう由宇には気持ち伝えないんだと思ってた」
「そのつもりだったけど……由宇と喧嘩したのがきっかけで、ちゃんと伝えないとって思った。あいつらには負けたくない。これからは本気でいく」
宇多は「うん」と頷いて歩き出したが、動きを止めて振り返った。
「俺は、ずっと由宇と俺の面倒見てくれてた翔太くんに報われてほしいから。頑張って。由宇をよろしく」
「ありがとな」
リビングに上がらせてもらい、ソファに座る。毎日のルーティンでただ流すだけの朝のニュース番組を見ながら由宇を待つ。しばらくして、身支度を終えた由宇はダイニングテーブルに座り、近くのパン屋の菓子パンを頬張る。
「美味いか?」
「うん、美味いよ。父さんが半額になってたのを適当に買ってきたんだけど、俺の好きなやつあってラッキーだった」
朝だというのにこんなに笑いながら話ができるの、可愛いな。パンを食べるだけなのに、どうしてこんなにも可愛いのか。むしろ疑問だ。
「可愛いな、由宇」
「脈絡が一切ねぇ!! 急になに!?」
俺の言葉に驚いて照れる由宇が見れるなんて、今まででは考えられなかった。嬉しい。俺の気持ち、もっと伝えたい。
「好きだ」
「だから急になんだよ!?」
「思ったから言った」
「~~っ、あのなあ……我慢すんなとは言ったけど……つか、いっつもそう思ってたのか」
「そう、常に。言えば言うほどいいかと思って」
「そういうもんじゃねーよ! んなのずっと聞いてたら恥ずかしくてしぬ!」
ツンデレを発揮しながらパンにかぶりつく姿は猫みたいだ。
撫でてやりたくて由宇の元まで行き、頭を撫でる。髪がふわふわだ。猫より可愛い。
「いいだろ。今までの分、全部言わせて。好きだよ、由宇」
「~~~~っ! だから……!」
「ほら、そろそろ出ないと遅刻するぞ。早く食べろ。必修落とすわけにいかないだろ」
「振り幅が違いすぎる! 誰のせいで遅れてると思ってんだよ!」
*
その日の夕方。
玲依は実習班のメンバーとともに、明日ある調理実習の準備をしていた。実習がスムーズにできるよう、届いた材料を仕分けたり、下ごしらえを済ませたりしておく。
スープに使うブイヨンを作っていた玲依の元に、同じ班の1人である藤が焦った様子で駆け寄ってきた。
「おい髙月、なんか入り口でさ……威圧感ある男前がお前のこと呼んでんだけど」
「威圧感ある男前とは」
「恨みでも買ったんじゃねーのか? こわあ」
「いや、怖いのはこっちだよ……」
今いる場所から誰かを確認することはできない。
人の良い玲依の言動は恨みとはほど遠いが、一方的に勘違いされ、呼び出されることは多々あった。特に女絡みで。またそういうやつか、最近は減ったのになあ……と肩を落として仕方なく向かった。
「髙月、話がある」
そこにいたのは翔太だった。
玲依は予期せぬ客を前に「はあ!?」と声を上げた。驚きの中で、"威圧感のある男前"が的を射ているなあ、と思った。
「え、な、名越くんがなんでここに……!?」
「髙月妹から、ここにいるって聞いた」
「あ、そうなんだ……いや、てか名越くんから俺に話って……ハッ、まさか俺を倒しに!?闇討ちじゃなく正攻法で!?」
「殴る気はなかったのにな」
「拳を握りこむのやめて!!」
今にも掴みかかってきそうな眼光の翔太をなんとか落ち着かせる。玲依は調理帽を脱いで、翔太に向き合う。
「で、どうしたの?」
「……その、この前は世話になった」
玲依は固まった。
「お前がいなかったら、由宇と仲直りは出来なかったと思う。由宇と音石の前だと言いづらくて」
「な、名越くんって由宇以外にお礼言えたんだ……!?」
「お前は遠慮ってもんがないのか? そんなに俺が礼を言うのがおかしいか?」
腹が立った翔太はギロリと玲依を睨む。玲依はあわあわと首を振る。
「いやいや、びっくりしただけだって! でもすっごい迷惑そうだったし、お礼を言われるなんて……思ってもみなかったよ」
「話はそれだけだ」
「あっ、ちょっと待って!!」
玲依は、足早に立ち去ろうとする翔太の腕を掴んだ。
怪訝そうに振り返る翔太に、玲依はにっこりと笑った。
「こちらこそありがとう! 由宇と仲直りしてくれて! あとそれと、仲直り強制したり、けっこう強めに言っちゃったのはごめん。本心ではあるけど……」
「……」
完全に毒気を抜かれた。
繕いなどない玲依に、怒りの感情を向ける方が馬鹿らしくなってくる。
「はぁ……やっぱりお前のこと、嫌いだ」
「え!? ここは俺のこと少しは認めてくれたって流れじゃない!?」
「それとこれとは話が別だ。由宇は渡さない」
「はぁ~~~~~~!? 俺だって負けないからね!!」
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