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今日から犬になりまして 第1話
世界は期待と希望に満ちている!!
そう、俺以外は。
「君ぃ、よっわいね! 私さ、初めてこんなに弱い人間見たかも。記念に画像取っとく?」
知らんおっさん達にボコられて、痛さと気持ち悪さで途切れがちだった俺の意識に明るく馬鹿みたいな声と同時にケータイのシャッター音が聞こえてくる。
うぜぇ。
ボコった奴ではないのは分かるけど、通りすがりの癖に煽るなよ。
すげぇ馬鹿にされてるのだけは、何もわかんない頭でも分かるんだけど。
「良く生きてたねぇ。滅茶苦茶、ボコられてるんじゃん。おもしろー。初めてこんなにボコられてる人見たよねー」
煽られてる。
うるせぇ、糞野郎。
中指ぐらい立てたいたが、どうも手がうまく動いてくれない。
指折れてるのかも。
いや、指だけじゃないかも。
だって全身が信じられんぐらい痛いもん。
「あ、意識あんの? 丈夫じゃん。凄い凄い」
糞野郎が俺の前髪を掴んで引きずりあげる。
糞野郎。
生きてる人間っ、ぜーんぶっ、糞っ。
「うわっ。汚ー。血塗れじゃん。かわいそー。君もこのまま生きてるの辛いでしょ? いいよいいよ。心配しないで? 君も彼等と同じ様に殺してあげるから」
俺の霞む目に映るのは赤い色。
殺す? これ以上に?
もう、痛くないところなんて何処も無いのに?
これ以上痛くされんの?
はぁ?
「これからはこう言う慈善事業とかにも力を入れて行きたいし、いい練習になるなぁ。いやー。人間って忙しいねぇ」
殺すのが慈善事業かよ。
やっぱり人間は全員糞。
どうせ死ぬんだ。今度は本当に死ぬんだ。
だったらさ。
「……が……ろう」
「ん? 何々? 遺言? 動画撮っとく? ちょっと待ってね。はいっ! おっけー! どうぞー!」
何言っても同じだろ?
「テ、……テメェが、……死ねよ……、糞野郎っ」
死ぬの怯えてずっと膝抱えて、生きてきた。
殴られるのも怒られるのも怖くて、震えて生きていた。
でも、もうそれも関係ない。
どうせ死ぬんだから。
それなら、言いたい事言って、やりたい様に死にたい。最後ぐらい。
そう思って飛び出してきたと言うのに。
最後は実に早くて呆気ないなんて。
ああ、やっぱりね。
段々と意識が揺らいでいく。
あゝ。俺の人生、最高に付いてないな。
「……嘘でしょ? 私にそんな事言っちゃうかー! 凄いね、君。って、寝てる? 嘘でしょ。あんな啖呵の切り方して早いって! うわっ。マジで起きないね。いいの? それだけ啖呵切られてこのまま殺すのつまんないよ? ねぇ、起きてってば。あ、だめだ。このまま死ぬ奴だ、これ。はー。どうすんのー? これ」
男が何か言ってるが、もう何を言ってるかさえ理解できない。
寒い。
寒くて、凍え死にそうだ。
「……ま、いっか。一回、犬飼う練習もしときたいしね。君、運いいね」
あれ? 体が軽い。
少し暖かい。
あ、俺、本当に漸く地獄に落ちるんだ……。
「……あれ?」
俺が次に目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
「……何で?」
俺、死んで地獄にいんじゃないの?
どうなってんの? これ。
見ればだだっ広い部屋。
すげぇデカいワンルーム。
めっちゃ綺麗。でも、そんなに物ないし、窓もない。
何だここ。
地獄でも天国でも、狭すぎるっしょ。ここ。部屋としては滅茶苦茶デカいけど。
「えー……。どうなってんの……?」
俺、死んだよな?
三人の男にボコボコにされたよな?
ボコられて、刺されて、滅茶苦茶血が出てたよな?
そんで……。
何だっけ?
「やべぇ。全然覚えてねぇわ……」
あれ?
滅茶苦茶体痛かった気がするけど、今全然痛くしない。
何か、想像と違うな。起き上がったら痛いとか呻くもんじゃないの?
喧嘩なんて初めてやったけど、そんなもんなんかな?
それにしても、だ。
まだ生きてるでいいんだよな?
俺、生きてるんだよな?
「……ははっ。俺運悪っ」
生きてても死んでても、運悪すぎるだろっ。
「え? 最高にいい方だと私は思うけど?」
不意に声が降ってくる。
「え?」
え?
顔を上げれば、ベッドの横に付いている黒い扉から、髪を濡らした滅茶苦茶美人が顔を出してた。
「起きた? おはよー」
「……おはようございます?」
え? 誰?
「ちょっと待ってね。着替えたらそっち行くから」
「……うっす」
「なんか飲みたいなら適当に冷蔵庫漁って。水ぐらいしか入ってないけど、好きなもの飲んでいいよ」
「……うっす」
そう言うと、美人はさっさと黒い扉を閉める。
……滅茶苦茶、美人だった。
顔、滅茶苦茶綺麗だった。
マジで俺が見てきた人の中で一番の美人である。
けど、声とデカさ的に多分男だよな……。
「いや、てか、誰だよ……っ」
女でも怖いわ。
でも、水は欲しい。
金とか取られるかな? でも、好き飲んでいいって言ってたし。
ま、いいか。金取られたところで金なんかないし。
ベッドから立ちあがり、冷蔵庫迄歩こうとした時だ。
「うわっ!」
何かが足に絡まって、上手く歩けず転けてしまう。
何だ?
「糸?」
確かに、糸と言えば糸っぽいかも。
けど、それは糸と呼ぶには余りにも太く丈夫なものだった。
「……ロープ?」
何故か、俺の足にはロープが巻き付けられてベッドの柵と繋がっていたのだ。
「は!? 何で!?」
何でこの部屋に? あのお兄さんは一体何者? それ以上に、何で俺の足にロープがついてんの!?
「え!? 硬っ! 外せんしっ!」
何の虐めだよっ!
俺が騒いでいると、また扉が開く音がする。
「あ、ごめん。忘れてた。首輪ないからそれで我慢して?」
下だけ服を着たお兄さんが、俺の足首に巻かれたロープを指さす。
体の作りが何か怖っ!
筋肉すごっ!
でも一番ヤベェのは、この人が何を言ってるか一ミリも分からん所だろ。
「……首輪?」
え? どう言う事?
「水取りに行きたかったの? ごめんね。うち、皿もないんだよね。ペットボトルから直接飲ませるのヤバいよね? 私の手からで良い?」
「え? 全然良くないけど……?」
皿? 手から?
水を?
何言ってんだ、この男は。
「えー。手はダメ? あー。そういや、何かテレビでやってたかも。馬鹿そうな癖に警戒心強いんだね。えらいえらい」
「いや、俺確かに馬鹿だけど、手から飲ませようと思う方が馬鹿じゃない……?」
馬鹿は間違いないんだけど、それとは別の方で馬鹿じゃない?
「……ワンコって正論言うの? え? 驚きなんだけど」
「ワンコ?」
ワンコ?
ワン?
え? 犬?
「……え? 俺、人間、だけど……?」
俺が?
マジで!?
何で!?
「……あー。そうね。そう言うのね。うん。そうだね。君、人間だもんね。うん。でも、それは昨日迄の君の話ですっ! 君は今日から犬。私のワンコっ!」
「は?」
昨日?
何言ってんの、コイツ。
「私が拾ったんだよ。君を。だから、君は今日から私のワンコ。いやー。犬飼ってみたかったんだよね。白くてでっかい犬をさ。でも、私結構忙しいんだよ。日本にも来たばっかりだしさ。そこで私は考えたわけよ。君を犬として飼えばいいんじゃないの? ってね!」
「何で!?」
ちょっと本当に意味わかんないんだけどっ!
「いや、だってさ、君凄く犬向きだもん。頑丈でしょ? それに、よく吠える。君、昨日僕に何て言ったか覚えてる?」
「昨日……? てか俺、お兄さんに会った記憶がそもそも無いんだけど……?」
「意識朦朧としてたもんねー。覚えてないかー。じゃあ、教えてあげる」
お兄さんは俺の手をでかい両手で掴む。
「私が君を殺そうとしたら、君は私にお前が死ねって吠えたんだよ」
は?
「そのまま殺しても良かったんだけどね。けど、其処迄吠えられたら犬として飼ってあげてもいいかなって思ってさ。私、歳を取ったら本物の犬、マジで飼いたいんだよね。君はその練習っ」
殺す?
あれ? そう言えば、俺を殴った奴等ってどうなったんだっけ?
て言うか、あの後、俺どうなったんだ?
でも、これだけは覚えてる。
「慈善事業……」
やっぱり人間全ては糞野郎。
「あ、思い出した? うちのワンコは賢いねー! お手出来る? はい、お手」
差し出された手を見て、俺は天を仰ぎたくなった。
これって、しなきゃ死ぬって事?
俺を殺す事、余裕って事、だよな?
じゃあ、選択肢ないじゃん。
「……ワン」
死にたいけど、死にたくない。痛いのとか苦しいのは嫌。
俺はお兄さんの掌に拳を乗せる。
「えー! うちのワンコ賢くないー!? もうお手とか出来ちゃうのかー! グッボーイ!」
お兄さんは俺の頭をワシワシと無遠慮に撫ぜる。
力、強っ! は? どうなってんの!? この人の力!
「痛いっ! 痛いって!」
「あ、ごめんごめん。こんなに賢いって思ってなかったから、思わず力入っちゃった」
「いや、お手ぐらい出来るし……」
「おかわりは!?」
「……ワン」
逆の手を差し出すと、これた力加減なしで頭をワシワシされる。
これ、言っても無駄な奴だな。
「お手もおかわりも上手くできたので、水下さい……」
「あ、そう言えばそうだね。手からでいい?」
「だから、嫌だよ!? お兄さんが皿とか何とか言ってたのは理解できたけど、皿ないならペットボトルから直接飲ませてくれる!?」
「でも、ワンコっぽくないじゃん?」
「皿買ってくるまででいいから。それに今、犬っぽい事したでしょ?」
「あら、意外に交渉上手」
「これからも犬するから、準備期間だと思って」
「……ま、いいか。いいよー。はい、水」
「ありがとう」
受け取った水を胃に流し込む。
意外に、話はわかる方なのか?
しかし、これ本当、どうすんの? 犬って……。
犬ってさ……。
「首輪と水とご飯の皿を買わなきゃいけないのか。ご飯もついでに買ってくるとして……、あ、君。何か食べたいもんある?」
「え? 俺のドッグフードじゃないの?」
「……そこまで受け入れるの凄くない? ドッグフードも買ってくるけど、それだけじゃ栄養偏るでしょ? あ、言っておくけど、私料理出来ないから」
見た目的に、何かわかる……。
絶対出来なさそう。
「何でもいいよ? 俺、何でも食べれるから」
「何でも?」
「何でも」
「了解。じゃあ、適当に買ってこようかな」
「ん。ねぇ、首輪にもロープでどっかに繋がれるの?」
「受け入れるねぇ……。室内犬だし、それだけ受け入れてるなら繋がなくても良いかなって思うけど?」
「あ、マジで? なら、今もロープ解いてくんない?」
「何で?」
「何でって、今からお兄さん出かけるならトイレとか行けないじゃん」
足に巻きついたロープはベッドの枠に括り付けてある。
そんなに長くもなし。
「あー……。そうね。頭いいね」
「馬鹿って言ってたじゃん」
「それはそれね。ここから逃げないなら外してあげるけど、……逃げる?」
「いや、逃げんて。三人も人殺した奴から逃げるって無理ゲじゃない? 見つかったら死ぬし、ここで犬として飼われてればある程度は生きてるわけでしょ? 逃げないよ。お兄さん、ヤクザが何かでしょ?」
絶対に堅気の人じゃないし。
こんな奴と一生鬼ごっことかマジ勘弁。
捕まったら捕まったで楽には死ねんし、もう殴られるのも嫌だし。
「ヤクザ? あー……。うん。そう、私、マフィアみたいなもんだね」
「お兄さんが犬飼うまで我慢してればいいなら、そっちの方がいいよ」
「えー。いつになるか分かんないよ? いいの? 人生大半犬として過ごすの?」
「お兄さんから言ってきたのに!? いや、嫌だけどさ」
「嫌なら逃げるもんじゃない? 普通」
「普通、逃げたら死ぬって分かるなら逃げないよ」
確かに逃げる奴はいるけどさ。
逃げるって結構才能じゃん? 俺にそんな才能あるわけないの分かってるし。
「犬のフリしてきゃ殺されないなら、犬になってた方がいいよ」
「あ、そう? そうなの? じゃ、それでいいや。取り敢えず、足のロープ解くね」
「あざーっす」
「後さ。君、私が君を殺すの前提で喋ってるけど、私が君の事殺すって言った覚えないんだけど?」
「え? でも、殺すでしょ? 殺さない理由なくない? 三人も簡単に殺してる人間が俺一人殺さないとか有り得んし、逃げた俺を捕まえてまた飼うよりも、俺を殺す所見せしめにして新しい犬飼った方が早いし、お兄さんならそうするっしょ?」
「えー。私、血も涙もない奴じゃん……。血も涙もあるんだけど……」
「え? 違うの?」
俺が聞くと、お兄さんはうーんと唸って首を傾げる。
「そう言われると、そうしそうな気もする」
「でしょ? てか、考えてなかったの?」
「考えてないから逃げないようにロープで繋いでたんじゃん。殺すには少し惜しいよね、君」
「なら、殺さんでよ」
俺が笑うと、お兄さんも笑う。
「いいよ。殺さない」
「え?」
それは意外な言葉だった。
「殺さないし、君が私のワンコになるなら、本当の犬を飼う時に君を開放してあげる」
「……マジで!?」
「マジマジ」
「いつ飼うの!?」
「んー。私ね、この国に人を探しに来たんだよねー。ま、会った事ない奴なんだけど、その人が見つかれば私の用事も終わるし、その後は普通の人間として生きてく予定だから、その時に君も同時に逃がしてあげる」
「マジで!? え!? 希望の光近すぎん!?」
雲を掴む話じゃないじゃん!
現実味全然あるー!
「ははは。喜び方。めっちゃ面白いな」
「だって、嬉しいじゃん。その後、俺自由になんだし。俺、犬として頑張るわ」
「前向きな退化過ぎて面白いね」
「あ、俺が人間語喋っていいの? ワンワンとか言い続けた方がいい? 語尾にワン付ける?」
「……君、本当に人間?」
「ワンっ!」
「うん、普通に日本語喋っていいし、語尾にワン付けなくてもいいし、二足歩行でいいよ。ただ、君は私に犬として飼われてるって体を崩さなきゃいいから」
「そんなんで犬飼ってる雰囲気出る?」
「君、忘れてるかもしれないけど、今日から床でご飯食べるだよ? 犬用の皿買ってくるんだよ? 私」
「そんなん余裕、余裕」
「……君、本当なんか、凄いね? 中々私が引く事無いよ?」
「お兄さん、引いてんの? いや、犬として人間飼うって人の方がヤベェから」
「私もそう思ってたんだけどねぇ……。とにかく、私が犬として求める事だけ犬としてやって。ミスったらお仕置きね?」
「え? じゃあ、犬としてやって欲しい事言ってよ。さっき会った人が犬に何求めるかなんてわからんて」
「それは私の気分によるからなぁ……。取り敢えず、間違えたお仕置きはビンタにしとくから、トライアンドエラーで行こ? 痛いと思うけど、ごめんね?」
「謝られても……」
何言ってんだ、コイツ……。
「よし、ロープも外したし、私着替えたら買い物に行ってくるね」
「うっす」
「あ。それ」
軽くお兄さんに頬を叩かれる。
痛くはないけど、理解が瞬時に出来なくてただただ頬を抑えて混乱するしかない。
「そこは、ワンがいいな!」
し、知らねーっ!!
むしろ、分かるわけねぇー!!
「わ、ワンっ」
「わー! いいね。犬っぽいわ」
リアル犬はこんな事絶対しねぇけどな?
しかし喜びながら服を着ている所を見ると、満足しているようだ。
「じゃ、行ってきます! いい子でお留守番しててね?」
「ワーン」
上機嫌のまま、お兄さんは部屋から出て行った。
あー……。
「やべぇ人に拾われちゃったな……」
これから、どうすっかな?
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