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第8話

 彼は私におどけて、 「さあ、これからどうしよう。まずは招待客にお詫びを言わなくちゃいけないな。もう披露宴もできないし」  私は彼に近づきながらインカムでスタッフを呼び出した。 「杉山です。新郎様は見つかりました」  話ながらも歩みを止めない私に彼が少し怯んだ。互いの息がかかるかと言うほどに彼に近寄って私はスタッフへの指示を続ける。 「予定通り披露宴を行います。新婦の関係者は全員帰して、新郎様を心からお祝いしたい方のみ参加を許可してください。それから前にデモンストレーションで私が着たシルバーグレーのタキシードの準備を」  スタッフが何事かと早口で問いかける。私は正面の彼を見据えたまま、はっきりと宣言した。 「結婚式は続ける。新郎の相手は、私です」  一瞬の沈黙ののちにわかりましたとスタッフは答えてくれた。インカムを耳から外す私に彼は心底驚いた表情をしている。 「随分と思い切ったことをするんですね」 「ええ。高橋様と私とで作り上げた結婚式ですから」  彼が私の両手を温かく包む。そして海に面した十字架を見ながら、 「それなら二人で誓いませんか? 牧師さんはいないし指輪も無いけれど、『病める時も健やかなる時も』……、続きはなんだったっけ?」 「『常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで』、……私は貴方の隣にいます」  彼の爽やかな笑顔は残念ながら重ねた唇に邪魔をされて眺めることが叶わない。何度も口づけを交わし、名残惜しく離れた私に彼が、 「ほら見て。僕達を祝福しているみたいだ」  そこには風に流され、雲の間から射し込んだ陽の光に眩しく輝く海が広がっていた。彼は私を抱きしめると小さく、 「好きです、千晶(ちあき)さん」  私も笑いながら彼の耳元に唇を寄せて囁いた。 「――敏也、私も愛してるよ」  (了)

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