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第20話 和服の一族
朝、目が覚め、布団の中でぼんやり考えてた。昨日の出来事は夢で、僕が目覚めたら起きるのは自分の部屋で。見馴れた天井、お母さんの作る朝ごはんの匂いがしてゆっくり体を起こす。双子の兄、晴空も起こそうと隣室を開く。そこには僕と同じ顔の兄、大好きな晴空の姿があるはず。
そんな平凡な日常、平凡だけど幸せな日常を思い出してた。昨日の朝までは普通だった、そんな些細な幸せが今は手に入らない遠い世界のものになっていて、見慣れぬ地下にある洋室が僕の部屋らしい。
見た目は日本家屋なこの家だけど、洋室があるんだ、ベッドを置く部屋は洋室にしてあるのかななどとどうでも良い事も考えたりしてみた。今頃家では僕がいない事に気づいてくれているだろう。置き手紙くらい書いてくれば良かったな。そんなの昨日は思い付かなかった。早く僕を忘れて幸せになってほしい気持ちと忘れてほしくない気持ち。いつかまた、会いに行けるといいな…。
コンコン。ノックとともに開かれたドア。
「よぉ凪、眠れたか?顔色は…悪くはないな」
「おはようございます」
思った通り貴嶺さんだった。両手に重そうな紙袋をぶらさげてる。
「お前そのまま手ぶらで着たから着替え何着か持ってきた。Mサイズ着られるだろ?」
「あっ、はい。多分大丈夫です」
「俺の服の中から地味なの選んできた。下着は新品持ってきたから心配すんな。んで、これだよ。ここの人間基本は着物で過ごす人間多いから着物な。さて、今朝はどれを着る?」
試されているようだと思った。朝食6時半と決められているからには、1人で食べるわけじゃないのだろう。
「着物。着せてください」
「上等だ」
僕の気持ちを察してくれたらしい貴嶺さんがニヤッと笑った。
グレーのシンプルな男物の着物。七五三で着た時とは違うもんだな。自然と気が引き締まる気がする。
「孫にも衣装ってやつだな」
貴嶺さんは案外笑いながら喋る事が多いのかな。昨日からそんな顔ばかり見てる気がする。
夜言われた「ここの連中誰も信用するな」という言葉。それって、あなたの事も信用するなって事だよね?
美智さんは…何となく話しやすそうだし、顔はお母さんだし…それでも信用するなって事?
聞きたいけれど、信用するなって言葉には俺も信用するなって含みがある気がして聞けないでいる。後は成るようにしか成らないと思ってるから。
「じゃ、行くぞ」
「はい」
昨日下った階段を今度は上り、多分母屋に向かった。歩いてる途中やはりあちらこちらから「凪様おはようございます」「よく眠れましたか?」などの声がかかる。
とりあえずの対処法として「おはようございます」という挨拶と、深々とお辞儀をする。こうしておけば余り目を合わさずに済む。
いきなりこんな沢山の知らない人間と目を合わせて挨拶をするなんて、僕にはハードルが高すぎる。その上この家の異様な雰囲気に急に溶け込めるわけがない。
たどり着いた先は旅館に行った時を思い出す和室の広い食堂だった。着物の大人や子供が並んで座る光景は圧倒されたとしか言い様がなかった。皆正座や胡座で座る中、1人背もたれ付きの椅子に座るおばぁさんが見えた。貴嶺さんに聞かなくても分かる。一族の長であるおばぁ様だ。
「凪、こちらへいらっしゃい」
静かな食堂ってわけでもなかったのに、おばぁ様の声は響いた。
「はい」
奥にいるおばぁ様の席までお辞儀をしながら歩いた。
「初めましてだね。今日はここでとる初めての食事だから私の前で食べなさい。お座り」
「初めまして、失礼します」
完全にこの場に空気に呑まれ、ロボットのような固まった返事しか出来ない。
「智恵は…あの子は元気なのね?」
「はい、お母さんは特に病気もなく、元気です」
「そう。あなたは髪が男の子の割に長いせいか昔の智恵と美智にそっくりだわ。さぁ、冷めないうちに頂きましょう」
ふと、気づいたのは、おばぁ様が箸を持つまで誰も箸を持って食べる人がいなかったということ。それだけおばぁ様の存在が大きい一族のようだ。貴嶺さんが入口近くで食べてるので、ちらちらそちらを気にしながら食べた。
初めて会ったおばぁ様とおばさんを目の前にすんなりとはご飯が喉を通らなかった。とにかく咀嚼して喉を通す作業。せっかく美味しそうな和食で、僕の好きな卵焼きもあったのに、料理の味があまり分からなかった。
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