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第19話 本家
「戻りました」
横開きの玄関を開けて貴嶺さんが一声発しただけで屋敷内が活気づいた感じがした。
「お帰りなさいませ」
暗かったはずの玄関。
所々灯りがつき、同じような格好をした女性が口々に言いながら出迎えてくれる。異様な雰囲気の家だと思った。
「ただいま。凪を連れて帰った。おばあ様は?」
「大奥様はお休みになられてますので、奥様が対応して下さるかと思います」
「大広間へどうぞ」
「凪様どうぞ」
「お邪魔します」
雰囲気に圧倒されて小さい声の挨拶しか出来なかった。様なんてつけて呼ばれるの初めてだし。僕はまだまだ子供なんだと思わされる。
キシキシ音のする廊下を歩いて襖を開けると、広い畳の部屋だった。茶色い樹の年輪模様の低いテーブルの向こうには、お母さんと同じ顔の着物の女性が座っていた。
「凪さん、初めまして」
「凪。こちら美智さん。見ての通りお前のお母さんの双子の妹な」
「初めまして…」
「凪さん、姉さんは元気なの?」
「はい…」
「突っ立ってないでお座りなさい」
「はい、お邪魔します…」
「………ぷっ、お邪魔じゃないわよ。貴嶺、この子大人しそうね。あなたの中学の頃とは大違い」
先ほどまで凛とした佇まいだったおばさんは、急に足を崩し笑いだした。
「またそういうことを…。凪、美智さんの事おばさんとか呼んだらげんこつくらうかんな。美智さんて呼べよ」
「えっ、そうなの?」
「そうよ。私は結婚してないし一生巫女ですし、何より見た目もきっと今の姉さんよりも若々しいでしょ?」
「お母さんも若いと思うんだけど…」
「何この子、お母さん大好きなのね」
「そりゃぁまだ中学生なんだからこんなもんじゃないすか」
「凪。日をまたいだ遅い時間帯なので手短に言うわ。とりあえず朝ごはん6時半、昼食12時。夜はそれぞれよ。あなたの力はまだ不安定らしいから貴嶺について教えてもらいなさい。それから、二人の寝室は『泉』の建屋の地下ね」
「ここの建屋にはそれぞれ名前がついてるんだ。泉ってのはその建屋の一つな」
「私ももう寝るから休みなさい。睡眠不足は美容の敵だから。詳しいことはまた明日話すわ。そうね、明日の10時にまたここで。お休み」
美智おばさん、いや、美智さんはお休みと言うと立ち上がりスタスタと歩いていってしまった。さっぱりした人なんだなぁ。お母さんの妹…か。
「俺らも寝るぞ。お前はそのまま寝る格好だからいいな」
『泉』に行くまで歩いた廊下は迷路のようだった。地図を作るようかもしれない。自分が住む場所の地図を作る必要。なんだか滑稽だった。美智さんとは上手くやれそうな気がした。
貴嶺さんに着いて地下に降り、部屋に案内された。ベッドメイクも済んでる綺麗な片付いた部屋だった。隣の部屋だと言う貴嶺さんに去り際にキスされるのかってくらいの距離まで引き寄せられた。耳許で囁かれた言葉。
「ここの連中誰も信用するなよ」
離れる身体。
「お休み」
離れた彼はちょっとお調子者みたいな、さっきまでの彼だった。でも、耳元で聞いた声は真剣そのものだった。
「おやすみなさい」
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