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第29話 永遠さん

「名前分からないと話しづらいよね、永遠(とわ)って呼んで」 凪に似た雰囲気のその人はそう言った。  無視して通りすぎるのも一つの選択肢として有りだった。今まで夜の街で声をかけられてもそうしてきたから。  足を止めてしまったのは、話してみようって気になったのはやっぱり凪に似ていたから。 「永遠…さん?」 「そう。君は誰くん?」 「晴空、です」  無視されないと分かって、大胆にもその人は肩を組んできた。凪は初対面の人にそんな事出来ないし、友達もいなかったから凪に雰囲気似てるだけで性格は似てないんだろうなと思った。 「で、晴空は何してるの?見た所高校生くらいだよね?夜歩く年でもないんじゃない?それとも家出?」 「家出ではないです。ちょっと、弟を探してて…」 「そっかぁ、弟くんの方が家出か。そうかそうか。僕も一緒に探そうか。あてはあるの?」 「何もないんですけど…ただ、家でじっともしてられなくて、うろついてるだけなんです」  弟が家出して探してる少年だと思われたけど、あながち間違いでもないし訂正して一から話す必要もないかなとそのままにした。  「弟くんは年は?見た目は?兄弟だから似てるの?」 「あの…双子の弟なんで、俺と同じ年で同じ顔のはずなんだけど、凪の方が儚げな雰囲気っていうか、永遠さんに似てるかも…と思います」 「あぁ、双子の弟くんかぁ。それはツライよね」  軽い調子で何も分からない人にツライよねなんて分かったような口をきいてほしくなかった。それでも永遠さんの淡々とした口調は腹がたつようなものではなかった。 「僕もさぁ、兄弟どこにいるか分かんないし、親は死んじゃったんだぁ」  壮絶な人生を感じさせられる告白を軽い調子で話され、何と返答すればいいんだろう。 「返事に困ったでしょ?ほんとの事だけど、別に同情してほしいわけじゃないし、もう慣れたからこの話は終わり。なっ、お腹空いてない?僕んちすぐそこのアパートだから寄っていきなよ。ラーメンくらいしか作れないけど」  これも断れたはずなのに、足は永遠さんについていく。不思議な夜だ。  近くだという永遠さんのアパートには5分も歩けば着いて、座ってなーと言われ適当にベッドに寄りかかって座って待った。  夜、母親が用意してた冷たくなったご飯以外を食べるのは久しぶりだった。何の変哲もない袋の醤油ラーメンが美味しく感じた。永遠さんはビールも飲みながらラーメンを食べてて、凪の話聞かせてよって言われた。  凪が体が弱くて熱を出してよく寝込んでたこと。その隣に座って凪の寝顔を見てるのが好きだったこと。    外の花を摘んで枕元に飾ってあげたら喜んでくれたこと。  具合が良い日は手を繋いで外に出て、外遊びをしたこと。  海の潮風が二人とも好きだったこと。  幼い時のことから思い出すままに年代関係なく夢中で話した。こんなに凪の事を人に話したのは初めてだった。それを目の前の永遠さんは楽しそうに、相づちを打ったり、可愛い双子だねって笑ったりして聞いてくれた。久しぶりに楽しかった。  夢中になってたサッカーでゴールを決めた時くらいスッキリした気持ちになれた。  散々話を聞いてもらって、またおいでと見おくってもらい、また来る気になっている自分がいた。明日と明後日は仕事がないから大丈夫だと言っていた。なんの仕事をしてるんだろう。気になる。俺ばかり喋って永遠さんの事は訊けなかったな。  凪。お前によく似た雰囲気の知り合いが出来たよ。話してみたら雰囲気だけだったけどね。他人に興味を持ったのは、凪が去ってから初めてのことだよ。いつも通る家までの道、今夜の星空は明るい気がした。  

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