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第42話 脱け殻

   僕が見たのは数日前の晴空だったようだ…。急にお葬式なんて出られなかった。  葬祭場の親類控え室で震えてた。  気分が悪くて平地にいる感じがしなかった。震える手からは冷や汗がじわじわ出てきて不快だし、晴空はもう不快な思いをすることすらないんだって考えると不快なんて思っちゃいけないと思った。そう考えると更に冷や汗は全身を覆って、全身が水分になったような錯覚に陥った。  震えが止まらなくて声も出なくて頭の中でこんなまとまらない考えがぐるぐる回って脳ミソを変な虫に侵食されてるような感覚に頭がおかしくなりそうだった。  いっそのことおかしくなってこの現実から逃れられたらいいのにと思っても、こうして考える事が出来てるんだから正気なんだとも思った。  自分の半身ともいうべき晴空を失ったのに正気でいられる僕はなんて薄情ものなんだろう。もっと早く僕が帰れば良かったのかな。そしたら少しは晴空を止めること出来たのかな。僕がいなくなってから晴空はどうしてたんだろう。何か変わったんだろうか。遺影の中の晴空は笑ってない。僕が見てたのは笑顔で僕に笑いかけてくれる晴空ばかりだったのに。もっと笑ってる写真なかったのかな。晴空は明るくてクラスの人気者でよく笑ってたのに。こんな表情見たことないよ。なんでもっといい写真飾ってあげないの。  目の前が歪む、この場所が揺れているのか僕自身が揺れてるのか、こんな時は揺れるんだ。おかしいね、晴空。     気づいた時は、昔から僕が使ってたベッドの上だった。懐かしい変わらない天井が見える。あぁ、僕はあのまま倒れたんだ。 「凪、気がついたか」 声の方には貴嶺さんがいた。ついててくれたのかな。無言で頷く。 「崇さんと智恵さんと話したんだけどさ、凪がこの家に住むのは今は辛いだろうから、俺がこっちに用意してたマンションにしばらく住もう。一緒に暮らそう凪。少し休んでからこれからの事を考えよう」  それは今の僕にはいい提案だなと素直に思えた。晴空の気配が晴空の物が沢山残ってるこの家に押し潰されそうなんだ。でもね、貴嶺さん、僕ここから起き上がれる気がしないんだよ。ベッドに縫い付けられたみたいに、頭しか動かせない。声は出るかな。 「あっ……」 お腹から声を出そうとしたのに、呟くような小声しか出ない。 「どうした?」  ひたすら首をふる。ここに居たらきっと立ち直れない。ここに居て、晴空の物に囲まれて立ち直りたくない。どちらが幸せだろう。どちらが晴空が喜んでくれるだろう。 「凪。お前余計な事考えてるな?お前はまだ若いんだから、これから長いんだからそのうち立ち上がる必要があるんだ。俺のうちに行くぞ」 「これから、長い?……」 「そうだよ、これからの人生の方が長いんだ」 「晴空と暮らした人生より長くなってしまうの?段々晴空の記憶が薄れていくの?」 「そうだよ。少しずつな。ほら、起きろ」 首回りと腰の辺りを持たれ、ベッドから引き摺り出される。痛い…。生きてるんだ。晴空は飛び降りて海に叩きつけられた時もっと痛かったんだろうな。  腰が抜けたような状態の僕を抱えきれなくなった貴嶺さんがお父さんを呼んでる。貴嶺さんも今日ぐったりなんだろうな。色んなことがあった。  お父さんが運転してくれる車に乗って貴嶺さんのマンションに着いた。また新しい生活。晴空に再会することだけを考えて生きてきた。これから何を目標に生きていけばいいのかが分からない。

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