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予兆(4)

(大人……)  以前、フランが「ステファンは、僕を食べるの?」と聞いた時、ステファンは「当たらずとも遠からずだ」と言った。そして、「フランの考えている意味では」食べないと言った。確か「大人になるまでは、決して食べない」とも言っていた。  それはつまり、フランが大人になった時、別の意味では「食べる」ということだろうか。  レンナルトと一緒にフランの身体の変化を祝ってくれた数日後、勉強を教えてくれる時間にステファンがフランに聞いた。 「この世に第二の性があることは知っているな」 「えーと、アルファとベータとオメガ……」 「うん。それぞれについて、何か知っていることはあるか?」 「アルファはなんでもすごくよくできて、ベータはふつうで、オメガはあんまりできない……」  オメガは出来損ないなのだ。マットソンの屋敷にいた頃、フランはいつも「これだからオメガは」と言われて蔑まれていた。  ステファンと比べてあまりにも違う自分の性を思うと、なんだか悲しくなる。  けれど、ステファンは「それは一般論だ。能力には個人差がある」と言って、少しもフランをバカにしなかった。  ヒートについて、どのくらい知っているかと聞かれ、マットソンの屋敷にはベータしかいなかったので、あまり詳しいことは知らないと答えた。  三月(みつき)に一度くらいヒートで体調を崩すのだとベッテから教えてもらったくらいだ。ヒートが来ると一週間ほど仕事ができなくなるらしい。それでオメガは厄介者扱いされるのだろうとフランは思っていた。  あとは、時々、なんだかいやらしい目でフランを見て「ヒートはまだか」と聞く大人がいた。聞いておきながら、すぐに嘲るように笑って「こんなやせっぽちのチビじゃ、匂いを嗅いでも勃たないかもな」などと言うのだ。「本当にオメガなのか」と疑わしそうに聞く者もいた。いつもオメガだからとバカにしておきながら、なぜ何かを期待するかのようにそんなことを聞くのか、フランには意味がわからなかった。  フランの話を聞くと、ステファンはまた少し苦い顔をした。 「フラン。おまえはもうすぐ大人になる。オメガが大人になるということは、ヒートを迎えるということだ」  フランは頷く。  なんとなく、ヒートはいいものではないらしいと感じていたから、それを迎えるのだと思うと不安だった。  ステファンは「ヒートは本来、単なる生理現象だ」と言った。 「身体が熱を持ち、誰かとの交わりを求める。簡単には抗えないものだから対応は難しいが、決してオメガが悪いわけではない」  しかし、現在、ボーデン王国にはオメガを保護する法がなく、ヒート中のオメガが被害に遭っても、ほとんど取り上げられることはない。それどころか、オメガのほうに非があると、社会全体で責める風潮さえある。 「不当な扱いが容認されているせいで、差別はなくなるどころか、年を追うごとにひどくなっている」  じっと黙って話を聞いているフランに、「これはまた別の話だな」とステファンはかすかに笑ってみせた。目で問うと「いずれ詳しく話す」と約束して、話をヒートの内容に戻した。 「ヒートは嵐のようなものでコントロールするのは難しい。望まない状況でヒートを迎えることは、確かに不幸なことだろう。優れた抑制剤があれば、少しはマシだろうが、今あるものは、効果が不確かで副作用も大きい」  現実的には、ヒートを迎えたオメガは堅牢な建物にこもって熱が去るのを待つしかないという。その間の渇くような苦しみにも一人で耐えなければならない。  想像以上に大変そうで、フランは少し怖くなった。瞳を揺らしたフランを、ステファンが軽く抱き寄せる。金色の髪を何度か静かに撫でた。 「アルファと(つがい)になった場合は別だ」  ヒートはむしろ幸福な時間になると囁く。 (番……?)  以前、どこかで聞いたような気がする。確か、ベータの男の人と女の人で言うところの、夫婦のような間柄のことだ。  ステファンはアルファだから番になれたらいいけれど、王弟殿下で公爵でもあるステファンのお妃のようなものに、フランがなれるとは思えなかった。  ふと、街で見た貼り紙のことを思い出した。  間に合わせのフランではなく、ちゃんとしたステファンの番を探しているのだろうか。 「辛い思いはさせない」  髪に落とされた囁きを、フランはどこか悲しい気持ちで聞いた。 

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