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レンナルト(3)
「レンナルトが外部の人間を警戒するのは、昔は王宮からの刺客、つまり殺し屋がよくここに来たからだ」
「え……っ!」
突然の不穏な内容に、フランは思わず椅子から飛び上がった。
「安心しろ。今はもう来ない」
笑って髪を撫でられたが、フランが驚いたのは自分が怖かったからではない。昔、ステファンとレンナルトが怖い目に遭っていたのを知ったからだ。
(しかも、「よく」来たって……)
今、二人は無事でいるのだから、心配はないのだろうけれど……。
闇の魔王と恐れられるほどの魔力を持つステファンと、軍人であれば将軍職を務められるほど魔力が強いというレンナルトのことだ。子どもとはいえ、簡単に敵の攻撃に屈することはなかったのだろう。
けれど、フランに笑顔を向けた直後、ステファンの目に暗い影が落ちた。
「十二年ほど前のことだ……。特にひどい事件が起きた」
王の使者として、その男たちは現れた。上官一人と部下が二人。どの男も気弱そうで大人しく、いかにも文官らしく見えた。そんな男がたったの三人だけ。そのことがステファンたちを油断させた。
彼らは城内に入り、広いホールを歩き始めると、案内をしていた従者の隙をついて剣を突き付けた。一人が従者の自由を奪い、同時に他の二人がステファンに短弓の矢を向けた。大人しそうな見た目に反して、かなりの訓練を積んでいることがその動きからわかった。
『動くな。動けば、こいつを切る』
従者の首に剣を押し当てながら中央の男が言った。急いで駆け付けたレンナルトに左の男が矢を向ける。互いに睨み合ったまま、ステファンとレンナルトは黙って両手を上げた。
矢が射られたが、その矢は勝手に二人の身体を逸れて目の前の床に落ちた。
『抵抗する気か』
敵は人質の喉に剣を食い込ませた。
『俺たちは何もしていない』
嘘ではなかった。ステファンもレンナルトも魔法を使っていなかった。使わなくても魔力は勝手に主を守ることがある。
人質の首筋を血が一筋流れ落ちた。
『よせ!』
ステファンが叫ぶのと同時に、その覇気で敵の剣が弾き飛ばされた。そのまま剣は向きを変え、切っ先が敵の喉に向く。
『な……っ』
『動くな』
今度はステファンが同じ言葉を敵に告げた。近くに控えていた護衛兵がゆっくりと敵に近づき、捕らえられていた従者の手を引いた。膠着状態の中、ステファンとレンナルトの立つ位置まで慎重に移動してくる。
うまく救出できたかに見えた。だが……。
わずかに息を吐いた瞬間、敵の一人が兵士の右肩を矢で貫いた。ステファンは自分の剣を抜いて矢を射った男に突き付けた。残る敵にはレンナルトが短剣を放っていた。三人の敵はその場に|頽《くずお》れた。
しかし、矢を受けた兵士も床に倒れて動かなくなった。フレドリカが駆け寄り脈を取った。そして、青い顔で首を振った。
兵士はすでに事切れていた。さらに刺客たちも、気づいた時には命を絶っていた。
「最初から、失敗した時には自害するつもりだったんだろう」
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