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神官たち(1)

 街の中央にある大きな広場に着くと、レンナルトは馬車預かりに馬と馬車を預けた。この後、いつもなら表通りと直行する細い路地に入り、一つ裏の通りに面した小さめの商店や、広場に出ている露店の市場を利用する。この日はアマンダが一緒だったので大通り沿いの店をいくつか覗いてみることになった。  石造りの背の高い建物を見上げてフランは少しドキドキした。ステファンの城から思えばそれほど大きくないのだが、どことなく威圧感があって、フランのようなみすぼらしい子どもは入ってはいけないような気がする。硝子が入った扉の向こうにキラキラした店内が見える。そっと覗いてみたが、外から見ただけでは何を売る店なのかよくわからなかった。  扉の上に掲げられた装飾文字の看板で、ようやく店の種類を把握する。仕立屋や宝石店、食事をするための店などが多い。大きな建物は貴族も泊まれる高級な宿屋のようだ。馬や馬車のための道具や剣や弓などの高価な武器類を扱う店もあった。 「ここも、街だけは立派ね」  通りを歩きながらアマンダが呟く。裏通りに行けば、もう少しさびれた店もあるにはあるが、レムナの街は全体的に小綺麗で治安もいいとレンナルトが答える。 「見えている範囲では?」 「僕につっかかるのはやめてくれ」  二人のやり取りを聞きながら、フランはステファンから教わった地理の知識を思い出していた。  ボーデン王国は森が多く、土地は肥沃で、やや寒冷な気候ながら豊かな農業国だ。ふだんは乾燥気味だが定期的に雨季があり、地下水も豊富で水源にも困らない。  南と西は海に面していて、北と東は自然の山や川が国境になっている。そのため、周辺国からの攻撃を受けにくいし、王の軍には魔力を有する将校たちが控えているため、軍事的な不安も少ない。  豊かで平和な国。それがボーデン王国なのである。  けれど、問題が何もないわけではないとステファンは言った。  一つは貧富の差が広がりつつあること。もう一つは、その原因にもなっている教育の普及の遅れ。三つめは、医療や社会保障の弱さだ。  都市部も農村部も一見すると栄えているが、いたるところに問題が潜んでいるらしい。 『この国には飢える者はいないという。それは本当か』  フランに地理を教えながら、ステファンはそう質問した。ようやく薄い肉をつけ始めた細い腕に軽く触れ、『ならば、おまえはどうしてこんなに小さい』と聞いた。  そして『見えないところで、この国は腐り始めている』と言った。 『どうしたら、それを止められるの?』  フランの問いに、ステファンは困ったように首を振り、正しい答えはまだわからないのだと言っていた。

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