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薬(2)
日が徐々に高くなるが、馬車の幌は畳まれたままだ。アマンダが日傘を広げた。
「この馬車も簡素よね」
飾り気のない木の座席を撫でて苦笑する。フランには馬車の違いなどわからなかったが、確かにカルネウスに送られてきた時に乗ったものとは造りが違うようだ。馬は一頭だけだし、キャビンは幌で覆う仕組みになっている。カルネウスの馬車は箱のように立派な板で囲われていて、飾りのついた扉や窓もあった。座席は向かい合う形に配置され、シートには柔らかい布も張ってあった。
「街に行くにはこのくらいの馬車が目立たなくていいんだ」
御者台からレンナルトが答える。裕福な商人か、せいぜい郡の役人を務める下級貴族の持ち物にしか見えない。用途はほとんど荷馬車のようなものなので、これでも立派過ぎるくらいだと言った。
「幽閉なんて名ばかりだってことが、とてもよくわかったわ」
肩をすくめたアマンダは「もっとも」と続ける。
「そうでなかったら、今ごろ国の人口は半分以下になってたかもしれないわね……」
昨夜、食事の後でステファンはアマンダが敵ではないことをレンナルトとフランに説明した。その時、いつもステファンがやっている実験についても少し教えてもらった。
十年程前に質 の悪い疫病が国を襲い、王都エルサラのあるリルクヴィスト郡とステファンが治めるラーゲルレーヴ郡で特に多くの死者を出した。けれど、ある時を境に感染が落ち着き始めたという。レムナの闇医者から広まった安価な薬が効果を上げ、瞬く間に人々の間に広まったからだった。
その薬を作ったのがステファンなのだとアマンダは言った。
「カルネウスから聞いた時はビックリしたわよ。捕らえられて閉じ込められているはずの王弟殿下、通称『闇の魔王』が、どうしてそんなことができたのかって……。だけど、こんなに自由に出歩けるなら、可能ね」
ステファンの行動にカルネウスが気づいたのは数年前のことだという。何度か似たようなことが起こり、ちょっとした風邪や怪我に効く薬の製法などもレムナの闇医者を通して民間に広がっていった。そのことを知ったカルネウスは密かに調査を続け、ステファンが製法を伝えていることを突き止めたらしい。
レンナルトはステファンの実験が薬品づくりであることは知っていて、元々は矢毒と解毒剤の研究を始めたのがキッカケだったと言った。今もいくつかの薬の製法を研究しているらしい。
「だけど、薬を作ることが彼の仕事ではないわよね……」
どこか不満そうなアマンダの呟きに、レンナルトは何も答えなかった。
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