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マットソン(1)

 すっかり足を止めてしまった三人を、周囲の人が左右に避けながら通り過ぎる。慌てて道の端に寄ったフランは、すぐ近くの店から出てきた人物とぶつかってしまった。  相手に勢いがあったせいか、小柄なフランは飛ばされるようにして尻もちを突いた。 「ああ! これは失礼!」  大きな身振りとともに、男がフラン助け起こす。さらに、「お怪我はありませんか」などと言いながら、いかにも親切そうに、服についたわずかな汚れを丁寧に掃ってくれた。  お礼を言おうと男の顔を見上げたフランは、「あっ」と叫んで身を固くした。 (マットソンさん……)  王都エルサラで店を営んでいるマットソンが、なぜレムナの街にいるのだろう。そんなことより、ぶつかった相手がフランだと知ったら、きっとすごく怒るに違いない。  フランは思わず一歩下がった。逃げようとすると余計に叱られることを知っているから、それ以上は動けない。  混乱し、おろおろするフランの横で、舗道に落ちた厚い台帳をレンナルトが拾う。その台帳を、マットソンはすごい剣幕でひったくった。 「返せ!」 「なんだ。拾ってやっただけだろう」 「うるさい。従者のくせに偉そうに……。人のものに勝手にさわるんじゃない」  しっしっ、と手を振られて、レンナルトがむっとする。その後ろでアマンダが、ぷっと噴き出して背中を向けた。従者扱いされたレンナルトは、むっとしたままアマンダを睨む。 「それより、坊ちゃん。お怪我は?」  慇懃な態度で聞かれて、ふるふると首を振る。厚みのある革の台帳を横目で見ながら、早く謝ったほうがいいと心の中で焦った。あの台帳は重くて硬い。何度も叩かれるとお尻が赤くなってしまう。 「あ、あの……。よそ見をして、ごめんなさい……」  泣きそうな声で謝るフランに、マットソンは驚いたように両手を上げた。 「とんでもない。悪いのはこちらのほうです」  信じられない思いで見上げていると、「どちらのご子息で?」とマットソンが聞いてくる。なぜか目の奥がキラッと光った。  フランは震えあがった。何を聞かれているのだろう。怖い。怖すぎる。 「あの……、僕ですけど……。フラ……」 「はて。お会いしたことがありましたかな?」  きっとふざけているのだ。だとしたら、ものすごく怒っているのに違いない。台帳で叩かれるくらいでは済まないかもしれない。 「ごめんなさい。許してください……」  涙目になるフランをマットソンは不思議そうに見下ろす。アマンダが助け舟を出した。 「フラン、知ってる人?」 「あの……、前に働いていた家の、ご主人です……」  フランの答えにマットソンはきょとんと目を見開いた。 「坊ちゃん、いったい何を……」  言いかけて、「いや、今、なんと言った……?」と眉を寄せる。 「フランだと……?」  上等な絹の服を着込んだフランを頭のてっぺんから足の先まで三回ほどゆっくり眺め、「んんんん?」と唸って額に手を押し当てる。 「フランだって……? いや、まさか……」  青い上着の上の小さい顔と、ふわふわした白金色の巻き毛をじっと見据え、マットソンは眉間の皺をさらに深くした。 「この髪の色……、確かに、これは……」  街では滅多に見ない金色の髪。  マットソンの鼻の穴が、何かを理解したように大きく膨らんでいった

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