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夜伽(3)
感情を押し殺すしかない苦しさや悲しさは、フランもよく知っている。
マットソンの屋敷にいた頃、フランは叱られない日がなかった。親方やヤーコプ、時にはマットソン自身から、あれこれ小言を言われ、小突き回され、蹴られ、叩かれてばかりいた。食事を抜かれることも多かったし、どこかに閉じ込められたこともあった。
叱られても、自分が失敗をしたなら仕方ないと思っていた。けれど、それとは別に、最初からフランにはどうすることもできないことで叱られることも、多かった。そういう時、フランはどうすればいいのかわからなくなった。次にどうすればいいのかもわからなくなった。
フランのせいではないことや、全く身に覚えのないことで叩かれても、それ以上痛い思いをするのが怖くて、理由もわからないまま謝っていた。言い訳をすればまた叱られるのがわかっているから、黙っているしかなかった。
そういうことが続くと、なんでも最初から諦めて、我慢して、嵐が通り過ぎるのを待つようになる。自分には何もできないし、何の力もないのだからと、ただ生きているだけで、価値などないのだからと思うようになる。悲しくて、心がどんどん死んでいくような気がした。
(ステファンも、そうだったの……?)
最初から、フランがフランだからというだけで、理由もなく叩かれる。それと同じ悲しさを、ステファンも知っているのだろうか。
「ステファン……」
「うん?」
青い瞳をじっと向けていると、「さっきからどうした」とステファンが優しく笑う。
「あのね……」
「なんだ」
「えっとね……、ステファンは……、なんにも悪くないよ?」
ん? と不思議そうな顔になって、ステファンがフランを覗き込む。
「何も、悪くないの……」
フランが城で暮らすようになってから、ステファンは何度も「謝るな」と言ってくれた。フランは何も悪いことをしていないのだから、謝る必要はないのだと、何度も繰り返し言ってくれた。
自分の考えをちゃんと口にしていいのだとも教えてくれた。
だから、今、フランは一生懸命考えて、フランにもできることを探している。そうして見つけ出した言葉を、少しでもたくさんステファンに告げたかった。
「あのね、今度、ステファンが悲しくて眠れない時があったら、教えて」
「ん? なんだって?」
「ちゃんと、教えてね。そしたら今度は、僕が、ステファンのそばにいてあげる。ずっと……」
ステファンの黒い瞳が何かを探すようにフランの瞳を覗き込む。
「……ずっと、そばにか?」
「うん」
その瞳がかすかに揺れた後、形のいい唇にふっと笑みが浮かんだ。大きな手がゆっくりとフランの髪を撫で、耳から頬を包むようにしてフランの顔を固定する。まっすぐ瞳を見つめたままステファンが聞いた。
「フラン。その時は、本格的な夜伽を期待していいのか」
フランはぱちりと睫毛を瞬かせた。
「え……」
「なんだ。違うのか」
「あの……」
ぎゅっと唇を引き結んで頬を赤くする。ステファンが「ぷはっ」と盛大に噴き出した。
(あ……。また、からかわれた)
思わずむっと眉を寄せると、大きな手がフランの頭の後ろを支えた。
「人に気を持たせてばかりなのは、感心しないな」
そのままぐいっと頭を引き寄せられて、ステファンの顔が近くなる。
「せめて、寝る前の挨拶に、このくらいは許せ」
笑みを浮かべた端正な顔がもっと近づいてくる。睫毛と睫毛が触れそうになっても黒い瞳を見つめていると、「こういう時は目を閉じるものだ」と笑われた。フランがすっかり目を閉じる前に、唇にステファンの唇が触れた。
フランの心臓は大きく跳ねて、止まりそうになった。
「フラン、おまえがいてよかった」
唇が離れる時、ステファンが吐息とともに囁いた。
「感謝する」
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