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レンナルトの疑惑(1)
「フラーン、甘いお菓子か新しい花を買ってきてあげるわねー」
石のアーチ越しにアマンダの声が聞こえた。顔を上げると黒々とした日陰の向こうに明るい前庭が白く光って見えた。
フランは作業の手を止めてアーチのほうに駆けていった。表側の建物には壁をくりぬいたようなアーチがあって、中庭と前庭を結ぶ通路になっている。その通路を抜けると、アマンダが黒い馬の手綱を引いてフランを待っていた。
「お菓子とお花、どっちがいい?」
フランは少し考えて「鶏の糞」と答えた。アマンダが少し嫌そうな顔をする。
「む、無理だったら、今度レンナルトにお願いする」
「無理じゃないわ。大丈夫よ」
苦笑混じりに頷いて、馬の脇腹を軽く叩く。落ち着きなく前足を動かしていた馬がブルっと鼻を鳴らして大人しくなった。
「スクーガ、いい子だね」
「いい子よ」
もう怖くないでしょ、とアマンダが笑う。フランは神妙な顔で頷いた。
馬車に乗っている時は気にならなかったが、初めてレンナルトと一緒に|厩《うまや》に行った時、フランはスクーガのあまりの大きさに足が竦 んでしまった。スクーガというのはアマンダが手綱を引いている黒い馬の名前だ。背中の高さがフランの背丈よりも高い位置にある。城にはもう一頭、栗毛の馬がいて、そちらはモーナッドという名前だった。モーナッドもスクーガと同じくらい大きかった。
どちらの馬も目を見るととても可愛いのだけれど、昔、ベッテが、馬に蹴られると死ぬことがあると言っていたし、なにしろ身体がとても大きいので、フランは最初とてもビクビクしていた。あまり厩には近づかないようにしていたのだが、最近になって少しずつ興味が湧いてきたところだ。
それはアマンダがちょくちょくスクーガに乗ってレムナの街に行くようになったことと関係がある。アマンダは自分で馬車を駆ることができるし、直接馬に乗ることもできる。馬が好きなのだと言っていた。フランが怖がっているのを知ると、ちゃんと接していれば少しも怖いことはないと言って、こうして出かける前や後にスクーガやモーナッドに会わせてくれるようになった。
慣れてきたら、一緒に乗せてくれると言っているけれど、それはまだ少し怖い。
それに、レンナルトがいまだにアマンダと仲よくしすぎると嫌そうな顔をするのだ。レンナルト自身が、アマンダのことはだいぶ信用しているふうなのに、とても不思議だった。
今もフランとアマンダが二人でいると、どこからか出てきてアマンダに向かって「早く行け」と急かし始める。はいはい、と呆れたように肩をすくめたアマンダは、乗馬靴を器用に鐙 に引っ掛けて、高い位置にある馬の背に|跨《またが》った。
「じゃあ、行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
アマンダが城門を抜けていくのを見送った後で、フランはようやくレンナルトに聞いてみた。
「どうしてアマンダと仲よくしちゃいけないの?」
城門を振り向いたレンナルトが「あいつ、オメガじゃないだろ」と呟いた。
「え……?」
「オメガにしては背が高すぎるし、身体能力もずば抜けている。個人差があると言っても、ちょっと不自然じゃないか」
だいたい、貴族の娘でオメガに生まれた場合、アマンダの年で番がいないことなど考えられないと言う。
フランはアマンダの年を知らないし、レンナルトもよくは知らないらしかった。だが、オメガならとっくにヒートを迎えている年であることは確かだろうと続ける。
「むしろ、あいつはアルファなんじゃないかと、僕は疑ってるんだよ」
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