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レンナルトの疑惑(2)
そもそも貴族の中にオメガはほとんどいないのだとレンナルトは言った。
「ボーデン王国でオメガが生まれる確率は、まあ諸説あるけど……、おおよそ二百人に一人前後だって言われてる。で、貴族として王から認められている家が、公爵家から男爵家まで合わせても二百とちょっと。家族が何人かいるとしても、貴族と呼ばれる人間は千人いるかいないかなんだよ。だから……」
聞きながら、フランは石板と石筆が欲しくなった。指を握ったり開いたりしていると、レンナルトが気づいて「千人は二百人の何倍?」と聞いた。
フランは慌てて頭の中で考えた。
(えっと、ゼロは消すから、二と十で……)
「五倍……?」
「正解。オメガは二百人に一人。千人は二百人の五倍だから? 千人だとオメガは何人?」
「え、えーと……、千人だと、五人」
「そう、正解。だから、多少の誤差はあるかもしれないけど、貴族の中にオメガはせいぜい五人くらいしかいないことになる。もしかすると、もっと少ないかもしれない」
こくこく頷きながら、自分の計算で導き出された人数を「五人」と再確認する。納得したところで、ふとレンナルトの顔を見た。
「どうしてもっと少ないの?」
レンナルトはふいに口を噤 む。フランが見上げていると、少し言いにくそうに「オメガは、養子に出されることがある」と呟いた。
労働と縁のない貴族の間では、平民の世界ほど大きな差別感情はないとはいえ、ヒートの扱いが難しい点は同じだ。有望なアルファとの婚約が見込めないことがわかると、裕福な商人などに養子に出すことがあるのだと言った。
「平民のアルファと番うためにね。相手がベータでも結婚はできるけど、ヒートを宥めるには、やっぱりアルファのほうが確実だから」
そう考えた時、相手が決まっていない年頃のオメガなど、そんなにいるはずがないのだと言う。
「しかも、それがたまたま金色の髪をしているなんて、まともに信じるほうがどうかしてるよ」
それでもカルネウスはアマンダを送り込んできた。それをステファンも受け入れている。だから、レンナルトも、アマンダが敵ではないことは認めているのだと続けた。
「だけど、あいつがアルファなら、フランに近づけちゃだめだろう」
自分はベータだから、催淫香がどれほど抗いがたいものかは知らない。匂いを嗅げば多少は引き付けられるけれど、理性を失うようなことはないと思う。けれど、フランの匂いを嗅いだ時のステファンは、普通ではなかった。理性を飛ばして獣になりかけていたと続ける。
「あれが、アルファの本能なんだ。あのステファンが、自分を抑えられなくなるくらい、アルファにとって、オメガの匂いは危険なんだ……」
心配そうにフランを見下ろし「フランは、やっと大人になったばかりだろう?」と眉を寄せる。
ヒートの経験も一度だけだし、と。
初めのうちはヒートの周期が安定しない。もし、アマンダと二人きりでいる時にヒートが来てしまったらどうするのだと、レンナルトは真剣な顔で言い、眉をさらにぎゅっと寄せた。
話を聞いて、レンナルトが何を心配しているのかは、だいたいわかった。
けれど、アマンダがアルファで、フランがもしヒートになったら危険だという点が、あまりピンとこない。
「アマンダさんは、オメガじゃないかもしれないけど……、アルファって決まったわけでもないんじゃない……?」
「あんな肝の据わった女が、ただのベータであるわけない」
レンナルトが言い切る。
フランは眉間に皺を寄せた。レンナルトの言っていることが、わかるようでよくわからない。
「レンナルト……。それって、オメガはみんなバカだって言ってるのと、同じみたいに聞こえる……」
「え……っ」
「なんでもできたら、アルファなの?」
アルファだからなんでもできるはず。ベータだから平凡なはず。そう考えることは、オメガだから頭が悪いはずだと考えることと、同じような気がする。
おそるおそるそんなことを口にすると、レンナルトは緑色の瞳をいっぱいに見開いた。
何度か瞬きをして、「そうか……」と、どこか呆然と呟く。
「確かに、そうだね」
すっかり決めつけていた、と少し驚いたように言って小さく頷く。
それからなぜだかすごく嬉しそうな顔になって、頭の先から足の先までしっかり確かめるようにフランを眺めた。
「なんていうか……、子どもの成長って、すごいね」
感動する、と笑い、今度は大きく頷いた。
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