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オメガについて(1)

 レンナルトが行ってしまうと、フランは中庭に戻って庭の手入れを再開した。しっかりと根を張った苗はぐんぐん大きくなって、今は次々と綺麗な花を咲かせている。メインになる大きな花壇はだいぶ整ったので、通路を隔てた細長い花壇の土づくりに取り掛かっていた。  幾何学模様を描くように配置された花壇は全部で八つの区画に分かれていて、その間を縫うように平らな石が敷かれている。昨日は通路に生えていた草を、一本一本時間をかけて根っこから引き抜いた。それだけで、今朝は中庭全体がすっきりして見える。  鋳物でできたアーチが花壇の上に掛かっていて、そこには少しだけ薔薇の茎が絡みついている。なんだかみすぼらしいのは、葉っぱが全部虫に食べられてしまっているからだ。虫にはかわいそうだけれど、フランは心を鬼にして、見つけ次第、虫を退治することに決めた。  夢中になってせっせと手を動かしていると、いつの間にか太陽は高い位置まで昇っていた。中庭に面した窓からステファンが顔を出して、そろそろ手を洗って中に入るように言った。 「この前みたいに慌てて転んで、大騒ぎになっても困るからな」  フランは帽子の下からステファンを見上げ、赤い顔で頷く。そそくさと道具を片づけ、服に着いた汚れを掃ってから、裏口から建物の中に入った。手を洗い、ステファンの居間に戻ると、まるで見計らったかように「食事だよー」とレンナルトの声が聞こえてきた。  ステファンと目が合う。口元を緩めて「ピッタリだっただろう」と言われ、フランもにこりと笑って頷いた。  食堂に行くと、レンナルトしかいなかった。 「アマンダは?」 「出かける前に、昼はいらないって言ってた。街で友だちに会うんだろう」 「ふうん」  最近、そんなことが増えた。アマンダの友だちはどんな人なのだろうと想像しながら自分の席に着く。  三人だけの食事が始まると、魔法でナイフを動かし、パンを切り分けながら、「僕は今日、フランに大事なことを教わった」とレンナルトが話し始めた。  見た目の特徴や能力の高さから、勝手にアマンダをアルファだと決めつけていたのだと正直に白状する。「それで、警戒してたのか」とステファンが呆れた。 「だって、あいつ、やけにフランを気に入ってたし……」  ステファンは笑い、おそらくアマンダはベータだろうと言った。 「オメガじゃないことは認めるのか」 「ああ。まず違うだろうな」  あっさりと、そう口にする。 「なんで、何も言わないんだ?」 「こっちが信じてないことなど、アマンダも織り込み済みだろう。おまえもわかっているものだと思っていた」  まあ、そうだけど……とレンナルトもしぶしぶ頷いた。真に受けているのはネルダールくらいだとステファンが言う。 「あいつは、なんで信じてるんだ?」 「自分の頭で考えないからだろうな。カルネウスが用意した『血の試し』の証書をバカ正直に信じてるんだ」  アマンダも呆れていたと笑う。もっとも、ネルダールを使ったのは、そういう四角四面な役人らしさが利用しやすかったからだろう、と続けた。  薬の件を調べた時から、人知れずステファンに連絡を取る方法をカルネウスは探っていた。アマンダを送り込むための無理のある芝居も、ネルダール一人に任せておけばごまかしが効くと考えたのだ。 「だけど、どうしてカルネウスは、わざわざアマンダを送り込んできたんだ?」 「都合の悪いことが明るみにでかけていて、裏で動き回っている者がいるからだ」 「確かに、王宮は忙しそうだな。だけど、わざわざおまえに協力を求めなくても、宰相なら自分で……」 「相手が悪い」  レンナルトが料理を並べる魔法の手を止める。 「相手? 宰相が手を出せない相手なんて、限られてるぞ……?」  大臣クラスの廷臣か軍の幹部、あとは王の側近くらいだと、レンナルトは眉を寄せる。 「ステファンに協力しろって言ってきたのは、そういうことなのか。カルネウスでも手に負えない相手だから……」  王を動かせなどと。 「王宮の内部は、ますます敵だらけらしい。カルネウスはいつ失脚させられてもおかしくないそうだ。だから、焦っている」 「他人事みたいに言うなよ」  カルネウスには、昔、ずいぶん世話になっただろうと、レンナルトはどこか責めるように言った。 「カルネウスは持ち堪える。かなり追い詰められているのは事実だろうが、そう簡単にはやられない」  ほとんど敵だらけの王宮で宰相にまで登り詰めた男だ。それから十二年、その地位を守り続けている。厳しい状況に置かれたのは初めてではないはずだとステファンは言う。  レンナルトは「都合の悪いことってなんだ?」と聞いた。 「賄賂とか、癒着とか、そういう(たぐい)のやつか。上のやつらまで腐ってる証拠でも掴んだのか」 「それもある」 「他にもあるのか?」  ステファンは頷く。 「カルネウスが掴んだのは賄賂や癒着の全貌だが、おそらくそれは罪の下地にすぎない」 

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