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オメガについて(2)
「それって、どういう……」
レンナルトは続きを促したが、ステファンは、「長くなるから、食事の後にしよう」と言って、大きく息を吐いた。
「フランも腹が減っただろう」
ふっと軽く笑いかけられて「だいじょぶ」と首を振る。
レンナルトも息を吐き、「待たせてごめんね」と言いながら、魔法を再開した。
スライスしたライ麦パン、カリカリに焼いたベーコンとたっぷりの野菜が載った皿、ひよこ豆のスープが入ったボウルなどが、すーっと宙を滑るようにしてフランの前に飛んでくる。
スープを含み、ホクホクした豆の甘みを味わっていると、ステファンが「うまいか」と聞いてきた。口を閉じたまま大きく頷くと、なんだか優しい顔で笑いかけられた。「おかわりもあるよ」とレンナルトが勧める。
食事の最後にカモミールのお茶を淹れながら、レンナルトがが口を開いた。
「賄賂 や癒着 が単なる下地に過ぎないって、どういうことだ……?」
ステファンは少し考えて、「レンナルト、マットソンがフランを連れて帰ろうとしたのは、何故だと思う?」と聞いた。
「マットソン?」
「フランを使っていたエルサラの商人だ」
レンナルトは嫌そうに顔をしかめた。
「この間のあいつか。欲の深そうな男だった。連れて帰って、またフランをこき使うつもりだったんじゃないか」
「その欲の深そうな男が、子どもだったフランを追い出さなかったのは何故だ?」
フランが親を亡くしたのは四歳か五歳の時だ。母親はマットソンの家の使用人だった。何もできない小さな子どもを屋敷に置いておいたのには、理由があるはずだとステファンは言う。
「おそらく、フランがオメガだったからだ」
「え……?」
思わず声を出したのはフランだ。フランはずっと、オメガだというだけでいじめられてきた。なのに、なぜオメガだということが追い出されない理由になるのだろう。
ステファンがフランを見る。
「フラン、これから話すことは、おまえを傷つけるかもしれない。だが、おまえは何も悪くないし、この件に関して間違っているのは、周りのほうだ。そのことを忘れるな」
フランは黙って頷いた。
「この国では……、『血の試し』で子どもがオメガだとわかると、売る者がいる」
買うのは専門の売人で、ヒートを迎えるまで子どもを育てる。ヒートが来たことを確認すると、今度は花街や一部の貴族に売るのだと言った。
「もちろん、全部、違法な行為だ。奴隷の所有や人身売買は法で禁じられている。だが、実際には、オメガは売買されているし、摘発されることもない。みんな、そのことを知っていて、誰も何も言わない」
レンナルトが「ああ……」と呟いた。
「あいつ、素人の分際で、フランを花街に売るつもりだったのか」
「欲の深い男だからな。おそらく、何年か面倒を見れば下働きもさせられるし、そのうちヒートを迎えるだろうから、その時には適当なところに売ればいいと思ったんだろう」
ところが、いつまでたってもフランにはヒートが来なかった。ヒートが来ないのでは、素人のマットソンにはどうすることもできない。
「ガッカリしただろうな」
レンナルトが鼻で笑う。
「そこにカルネウスが現れたから、渡りに船とばかりにフランを差し出したわけか。そのくせ、今のフランを見て、また欲が出た」
ステファンが頷く。端整な横顔を見ながら、レンナルトは、けれど、まだ腑に落ちない顔をしていた。
「あの男が……、マットソンが、今回のことに絡んでるのか?」
ただの強欲な商人にしか見えないけれど、と困惑気味に首を捻る。
「そんな大物なのか? あのマットソンが……」
「違う」
「違うのかよ」
何らかの悪事には加担しているだろうが、今は、その話をするつもりはないとステファンは言う。「じゃあ、何の話だよ」とレンナルトがツッコんだ。
「言っただろう。奴隷の所有や人身売買は法で禁じられている。だが、実際には、オメガは売買されているし、摘発されることもない」
「つまり、どういうことだ……」
「癒着はいたるところにある。だが、間違いなく、その一つは、賄賂を贈った見返りにオメガの売買を見逃すことだ」
「あ……」
「しかも、見逃すだけでなく、率先して手を貸している節がある」
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