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エリンの球根(2)

 レンナルトが「フラン、こっちにも球根を植えるんだろう?」と大きな声で呼んだ。花壇に土を入れ終わったようだ。 「自分がやるって言ってたくせに、すっかりフランに頼ってるじゃないの」  アマンダは笑い、「行ってあげて」とフランの背中を押した。まだ何か聞きたいことがあるような気がしたけれど、アマンダはにこにこ笑って「はやく」と言うし、レンナルトは「フラン」ともう一度呼んで、待っている。  フランは頷いて、丸い花壇のほうに駆けて行った。 「この花壇も、まわりはエリンで統一するんだろう?」 「うん」  エリンというのはチューリップに似たボーデン王国原産の花だ。蕾の形が美しく、花が咲いてからも長持ちするため人気がある。九月に入ると安価な球根がたくさん出回るから、花壇にたくさん植えるといいと花屋の主人が教えてくれた。春が来るのが楽しみになるよと、にこにこ笑っていた。  ただし、一つだけ注意しなければいけないことがある。エリンの球根には毒があるのだ。百合に似ているから、間違えて食べないようにと念を押された。  色ごとに袋に入った球根を一つずつ植えてゆく。フランの横で、「ずいぶんあるなぁ」と呟いたレンナルトは、魔法でサクサク穴を掘り始めた。「この辺はどの色?」と聞き、フランが計画を伝えると、穴にポンポン球根を落としてゆく。フランの数倍の速さで作業を進めるレンナルトを見て、アマンダが慌てて近づいてきた。 「公爵に頼まれた分もあるんだから、全部植えちゃダメよ」 「え、ステファンに? なんで?」 「実験に使うみたい」  花壇の脇に置かれた袋の中から、印の付いた袋を三つ、アマンダが脇によける。そして「後は私たちでやっておくから、忘れないうちに届けてあげて」とフランに手渡した。 「うん」  袋を抱えて立ち上がり、やわらかい日陰を落とすアーチに向かって歩き出す。背中からレンナルトが「切りのいいところまでやったら、お昼にするから、そのまま中で休んでていいよ」と言ってくれた。  ステファンの私室に入ると、実験をしていたステファンが顔を上げ「エリンか」と言って頷いた。フランの手から袋が浮き上がり、実験台の横の木箱の上に移動する。  今日も手ではなく魔法で実験器具を動かしている。フランは「手でやるのと魔法でやるのは何が違うの?」と聞いてみた。 「魔法を使ったほうが、正確に量れる」  薬を調合する時には正確さがとても大切なのだとステファンは言った。新しい薬を作る時、古い書物に書かれた調合を見て、どの成分がどういう役目をしているのかを推測する。その際、闇医者が集めた副作用の情報も参考にするのだが、成分が強すぎると副作用が出やすいのだと教えてくれた。 「薬は、動物の身体の一部や植物から成分を採る。まれに鉱物が原料になることもあるが、いずれにしても、薬になるものは毒にもなることが多い。分量の調整はとても大切なんだ」 「ふうん。でも、じゃあ、どうしていつもは手を使うの?」 「手を使って量れるレシピでないと、闇医者に渡せないからな」 「あ、そうか。作り方がわかっても、他の人が作れないと困るね」  ステファンは、よくできたと褒めるように満足そうに笑う。フランも嬉しくなってにこにこした。 「三人で何をしてたんだ」 「えーとね、前庭に、花壇を造ってたの」  レンナルトの提案だと言うと「とうとうレンナルトも庭造りに目覚めたか」とステファンは声を立てて笑った。「フランの影響だな」と言われて、少し照れくさくなる。  けれど、アマンダの言葉を思い出して、しゅんとうつむいた。 「アマンダ、もうすぐ王都に帰っちゃうみたい」 「うん?」 「さっき、そろそろ引き上げ時かなって……」 「そうか」  それきり何も言わないステファンを、フランはじっと見上げた。 (何かを待ってるみたいって、アマンダは言ってたけど……)  フランは、思い切って、「泉の部屋の石が、何か教えてくれたの?」と聞いてみた。 「うん?」 「何か、いい方法があるって……」  しかし、ステファンは素っ気なく「いや」と首を振った。あれはそんなに便利なものではない。当てにしても無駄だと、あっさり否定する。 「そっか……」 (石が教えてくれたのかと思ったんだけどな……)  それにしても、なんだかやっぱり不思議な石だ。すごい力がありそうなのに、その力の恵みは滅多に受けられないみたいだ。 「戻らなくていいのか」  ステファンに聞かれて頷く。 「レンナルトが、もうすぐお昼だから、中で待ってていいって」 「そうか」  エリンの袋を手に取ったステファンは、球根を一つ取り出して外皮を剥いた。そして、いきなり白い部分に口を付け、軽く齧った。 「ステファン! ダメ!」 

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