67 / 86

別離(1)

 翌日はアマンダが王都に帰る予定の日だった。  フランは朝早くに起きて、中庭で花を摘んだ。ふと昨日の男の墓にも花を供えようかと思いつくが、中庭以外の場所に行く時は誰かと一緒に行くか、少なくとも必ず声をかけるようにと、昨日も厳しく言われたばかりだ。  なんとなく、ステファンには昨日のことを思い出してほしくなかった。忙しいだろうかと気にしつつ、フランは朝食の用意をしているレンナルトを台所に訪ねた。 「お墓に行きたいの? いいよ。スープはできたし、残りは食卓に着いてからやればいいから」  レンナルトは快く案内兼付き添いを引き受けてくれた。  本館の裏手の、本来ならば家臣などの住まいになる細長い建物を通り過ぎ、敷地の一番北側、その先は山の麓の登り口になっているあたりに向かう。低い生垣に囲まれて、草の生い茂る古い墓地があった。  マットソンの屋敷に隣接する教会にも立派な墓地があったが、フランは行ったことがなかった。遠くからチラリと見ただけ。だから、こんなに間近に墓地を見るのは初めてだった。 「世話をする人間がいないから、荒れてるけどね」  そう言って、レンナルトは道具入れから草刈り機を出して魔法で草を刈り始めた。ざっと刈られた草の間に平らな石のプレートが見えてきた。 「昔の使用人の墓だよ。けっこう多いよね。最近のは、奥のあのあたりにある。あと向こうに見えるのは、ラーゲルレーヴ公爵家の霊廟だね」  西側を指してレンナルトが言った。本館の裏から回廊でつながる形で壮麗な建物が建っていた。  真新しい土で覆われた一角に近づくと、レンナルトはその上に花を投げた。 「なんだって、あんなやつらの手下になったんだろうな」  どういう人間だったかなど知る由もないが、昨日の男も十二年前の男たちも、駒として簡単に切り捨てられた。命をかけるほどの覚悟や信念があったのだろうかとため息を吐く。  その横に並んだ簡素な三つの墓にも花を投げる。十二年前の刺客たちの墓だとレンナルトが教えた。  次に、名前を刻んだ石がきちんと置かれた墓の前に来て、レンナルトは静かに跪いた。丁寧に花を手向けてから、指を組んで祈りを捧げる。  フランは石に刻まれた文字を読んだ。 『誠実にして勇敢な男、オロフ・ノイマン。ここに眠る』  その下にある生年と没年から、二十八年の生涯だったことがわかる。 (あ、この人……)  以前、ステファンが話してくれた人だ。十二年前に三人の敵が襲ってきた時に、犠牲になって命を落としたという護衛兵。レンナルトが慕っていたという……。 「僕たちも、とうとう彼と同じ年になっちゃったな」  立ち上がったレンナルトが笑う。フランは何も言えずに、黙って膝を突き、自分の分の花を墓石の上に置いた。 「オロフは平民の出身で、王都や郊外にもノイマン家の墓地はないんだ。だから、彼の母親の了解を得て、ここに埋葬した」  王都の平民は大半が墓を持てない。教会の墓地に入れるのは富を持つ者たちだけだ。たいていは共同の墓穴に埋められて終わりなのだとレンナルトが教える。 「ここに埋葬してあれば、たとえ家族が来ることはできなくても、オロフ・ノイマンが眠っていることがわかる」 「うん」  きっとそのほうが家族も嬉しいだろう。今まで気づかなかったけれど、フランの母親にもおそらく墓はない。そのことが急に寂しく思えた。 「五人目だ」  レンナルトが吐息のように言葉を落とす。 「戦なんかと比べたら、多くはないのかもしれない。それでも、五人の人間が死んだ」  名前も知らないかつての敵たちの墓を見下ろし、彼らにも家族はいただろうにと呟いた。 「王と戦うことになっても、ステファンが負けることはないと思う。一国の軍隊が相手でも、ステファンの魔力なら簡単に敵をねじ伏せられるよ。でも、その分、もっと大勢の人間が死ぬ」  昨日の敵を深追いしなかったのも、捕らえた男が矢を射られた時点で、誰の差し金かが明らかだったからだろうとレンナルトは続けた。無暗に捕らえれば死者を増やすことになるかもしれないのだ。 「そうまでして保身を図りたいんだ。ストランドたちは……」  人の命を駒のように使い捨てて、自分たちだけは安穏と生き延びる。 「恐ろしいよ……」

ともだちにシェアしよう!