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別離(2)
墓地から戻ると、レンナルトが「ステファンを呼んできて」と言った。このところ、あの不思議で便利な声が届かなくなったらしい。こんなことは今までなかったのにと首を傾げている。
「あの声は、魔法とは違うんだよね?」
アマンダから聞いたのだと伝えると「魔法ではないね」とレンナルトも頷く。黒の離宮に移り住んだ十歳の頃から自然とあんなふうに声は届いていた。だからいつの間にか当たり前になっていたけれど、不思議と言えば不思議だと笑う。
「泉の石と何か関係があるらしいけど、あの石自体がなんだかよくわからない代物 だしね」
「そう言えば、ステファンは秘密だって言ってた。声が届く仕組みのこと……。機嫌を損ねると困るからって」
「うん。石の機嫌のことだと思う。あの石は時々何か教えてくれるみたいなんだけど、知りたいことを教えてくれるわけでもないらしいから」
本当なら、今みたいに王宮との関係がビミョーな時こそ、何か教えてくれると助かるのにとレンナルトは肩をすくめた。
ステファンの私室に入ると、すでに身支度を整えたステファンが鏃 を手にして考え込んでいた。
「ステファン、朝ご飯にしようって、レンナルトが……」
「ああ」
考え込んだまま頷くのを見て「どうかしたの?」と聞いてみた。「うん」と言った切り、また考え込んでいる。
じっとフランを見つめてから、とりあえず行こうと言って歩き出した。
朝食の席で、「今日でお別れね」と言うアマンダの顔を見て、フランは「あ」と声を上げた。昨日の事件のせいですっかり忘れていたけれど、少し気になることがあったのだ。
「昨日、レムナに行った時、アマンダのことを聞かれた」
「え、いつ?」
「アマンダが馬車預かりの人と話してる時、別の馬車預かりの人に、あの令嬢はだれですかって」
「それで?」
「あの……、僕、普通に答えちゃった。レンホルム子爵令嬢のアマンダさんですって……」
もしかしたら、それがいけなかったのだろうかと心配になってくる。悪い人には見えなかったけれど、世間知らずのフランに人を見抜く力があるとは思えない。
だんだんと小声になるフランに、「後で調べてみよう」とステファンは言った。アマンダはただ首を傾げる。
「私のことは、まだ敵には知られてないはずなんだけど……。味方なら、顔も名前も知ってるでしょうし」
ふいにステファンがアマンダに向かってナイフを飛ばした。フランが「あっ」と叫ぶ前に、アマンダは軽く身をかわし、自分のナイフでそれを弾き落とした。隙のない動きに驚く。
「レンナルトがアルファではないかと疑うわけだ」
アマンダの所作に無駄がないことには気づいていたが、思った以上に使い手らしいとステファンが感心する。
「少し相談したいことがある。後で応接室に来てくれ」
アマンダの青い瞳が見開かれる。真剣な顔で「わかりました」と顎を引いた。
ステファンとの短い話し合いを済ませたアマンダは、午後になると栗毛のモーナッドに乗ってレムナの街に出掛けていった。アマンダには出発を一日か二日、伸ばしてもらうことにしたのだとステファンは言った。
しばらくすると、レンナルトに二言三言何か言って、ステファン自身も黒い馬スクーガに跨り城を出ていこうとする。昼間のうちに出掛けることは珍しいから、フランは少し心配になった。
見送りに出ると、「明日の朝までには戻る」と言ってスクーガに軽く鞭を入れた。|常足《なみあし》で進み始めたスクーガは、しかし、しばらく行くとスッと宙に浮きあがる。滑るように遠ざかる後ろ姿が、あっという間に森の中に消えてしまった。
驚いて振り向くフランに、一緒に前庭まで出てきていたレンナルトが「馬ごとだもんなぁ」と苦笑する。人目を考えて馬に乗るにしても、自分と同時に浮かせることができるのだから、やはりステファンの魔力は尋常ではないと言って肩をすくめる。
「要するに、モノを浮かせたり飛ばしたりするように、自分の身体も飛ばすことができるんだよ、ステファンは……」
自分を飛ばすということは、簡単に言うと、空を飛ぶのと同じことだと笑う。
「空を、飛ぶ……」
「うん。馬で行くより何倍も速い。馬は案外疲れやすいからね」
ふだん、レムナに行く時もそうやって「一瞬だけ」行ってくるのだと教えた。今回は王都まで行く必要があるのと、昼日中に空を飛ぶ姿を人に見られても困るのとで、目くらましのためにスクーガも連れて行ったのだと。
「ステファンの魔力って、確かに桁違いすぎるんだよ。空なんか飛ばれたら、そりゃあ、闇の魔王だとかなんとか言いたくなるかもしれないよね」
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