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約束のくちづけ④
目を開けると、頬を冷たい何かが流れ落ちていった。
いつの間にか、鈴真は朔月の私室のベッドに寝かされていた。昨夜、びしょ濡れになったふたりの手で散々汚されたシーツは新しいものに取り替えられ、枕からは日向の匂いがする。
横を見ると、朔月が床に座った状態でベッドに顔を伏せ、どうやら眠っているらしい。その手は鈴真の手を握りしめていた。
「……朔月」
名前を呼んで身体を起こす。朔月は伏せていた顔を上げて眠そうに瞬きをし、鈴真を見た。途端に心配そうに手を伸ばして、鈴真の濡れた頬を撫でる。
「怖い夢でも見たの?」
鈴真は違うよ、と返答して首を振った。そして、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「朔月、なんで僕を鈴って呼ぶんだ?」
今さっき見た夢のことを話そうかと思ったが、やめた。朔月は知っている気がしたからだ。
「君がそう呼ぶように言ったんだよ」
朔月は当たり前のことみたいに言って、くすりといたずらっぽく笑う。
その時、ドアが軽くノックされ、冬音が外から声をかけてきた。
「お愉しみのとこわりぃけど、そろそろ下校時刻だぞ」
「わかってるよ。先に帰ってて」
朔月がドアに向かって言うと、へいへい、と呟く声とともに気配が去っていった。
朔月が身動ぎしたのでてっきり帰るのかと思ったら、彼はなぜかベッドのそばに恭しく膝をつき、鈴真の手をとってそっと口付けた。
「朔月……?」
朔月にこんなことをされたのは初めてだった。自分が主人なのに、朔月はまるで鈴真の従者みたいにこちらを見上げてきて、握った手を宝物のように優しく撫でる。
「僕の世界は鈴が全てだった。鈴が僕を救ってくれたから、今こうして生きていられるんだ。だから、僕の命は鈴に捧げる。君を幸せにするために生きる。昔も今も、ずっと君は僕の主人で、立場が変わっても僕は君に逆らえない」
朔月の声も瞳も表情も、手を握る指先も、全てが優しく温かい。
窓から射し込む夕陽が照らしだした彼の姿を、鈴真は生涯忘れないだろう。
「……ずっとこう言いたかった。鈴真さま、僕は貴方を愛しています」
遠い日のふたりが、手を繋いで微笑み合う姿が浮かんだ。沢山傷つけ合って、ようやくこの場所まで辿り着いた。あの日々があったから、こうしてふたりで笑い合えるのだと、今は思える。
「じゃあ……僕の命令、聞いてくれる?」
そう言って、鈴真は朔月にだけ聞こえるように囁いた。
ふたりだけの約束を。
fin
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