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第3話

「おはようございます」 「おはよう」  秘書課に冬馬がいて、僕は驚いて手に持っている鞄を落としてしまう。用があれば、呼びつけて、秘書課の部屋に来ないのに。  ここはオメガしかいないから。アルファの冬馬は近寄りたがらない。  どうしてここにいるの? 「あ、ごめん」と謝りながら、慌てて鞄を手にしてデスクに置いた。 「充、来い」 「はい」  陽真の兄が冬馬だ。  アルファで、実力で結果を残して、三十代ですでに副社長の座を獲得した。冬馬の信頼を得ている人間として、コネで秘書として雇われている。  なんでも一人でできてしまう冬馬に憧れていた。 『運命の番』同士ではないのは、お互いにわかっていた。それとは違う何か惹かれ合うものがあったのは確かだ。  惹かれ合うナニか……は、わからない。でも僕はそれを利用している。  ナニかを恋愛感情と間違えた陽真くんに、「兄の代わり」として傍にいてもらっている。離れなくちゃいけないのに。  迷惑をかけたくないのに……。  僕は冬馬を好きなふりをして、叶わない恋をしているように演じている。ひどい男だ。  先を歩く冬馬の後をついていき、僕は副社長室に入る。 「今すぐ陽真との今の関係をやめてもらおう。あの子は入院させる」 「何かあったの? 陽真、具合いが悪いの? あっ……ごめん」  冬馬の腕を掴んで、僕は慌てて離した。  仕事面の僕の働きを冬馬は認めてくれている。でも僕と陽真の関係を、冬馬は快く思っていない。『一族』が一番の考えのあいつには、恋だの愛だのという不確かな関係で傍にいるのを理解していない。  アルファなら、血液検査のデータから相手をマッチングをして、よりよい遺伝子を残すべきだと考えている。  そして実行した。その相手とうまくいっているかは知らない。  相手の彼は仕事をしやすいように……と、三か月前に会社を買収した事実は聞いた。その後、二人がどう発展したのかは、ヒートになった僕にはわからない。  ヒートを終えて出社したときには、もうその会社は売却されていた。マッチングした相手とどうなったかも……プライベートだから、と教えてはもらえてない。 「お前と一緒にいるためだけに、あいつはかなり無理をしているようだ」 「……え?」 「かかりつけ医から連絡があった。『もうこれ以上の強い薬はない』と。過剰摂取の服用をやめさせて、すぐに全身の検査をするべきだ……と。肝機能障害になっている可能性がある。このまま進行すれば、ガンのリスクが高まる」 「……な、んで……」  冬馬に睨むように見つめられて、僕の体温が一気に低下していく。  元気そうに見えるのに。僕と一緒にいるのに、無理をさせているの?  僕のせい……。 「わからないのか? あいつはアルファだ。しかも俺より優れている」 「え、だって……ベータだって」 「嘘をついてるんだ」 「発情期の僕の近くに居ても、普通にして……匂いに反応しないのに」 「これ以上ない強い抑制剤を飲んで、ベータを装っているんだよ。それも用法用量を無視してな」 「嘘だ、そんな……」 「陽真を愛しているなら、今すぐ証明しろ」 「証明って」 「……わかるだろ」  別れろって言いたいわけね。  核心にせまる言葉を濁して、責任逃れ。冬馬、お前……変わったな。  いや、僕が冬馬のそういう面を見ようとしなかっただけか。 「わかった」 「新しい住まいと仕事先はこちらで用意をする」 「夕方には荷物を纏めてマンションを出ていくから、それまでに僕のスマホに転居先の……」 「夕方までに新しいスマホを届ける」  小さく頷くと僕は、副社長室を出ていった。  全てを新しくしろ……と。今使っているスマホじゃ、すぐに陽真と連絡をとれてしまうから。  真っ暗な闇の中に、落とされたような感覚だ。立っている場所すらぐらついてしまう。  上の下もわからない。前も後ろも。  どこに進むべきか。何も見えなくなった。  ただ言えるのは、僕はもう陽真のそばにいられないってだけ。

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