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第9話
陽真SIDE
三か月後。
嫌な予感ってのは昔から当たるんだ。
胸騒ぎがした。
全身の皮膚の毛が逆立つ感覚が気持ち悪くて、バイトを早退した。早く家に帰らなくちゃ。はやる気持ちを抑えくれずに、俺は肺が悲鳴をあげるのも無視して走った。
玄関のドアを開ければ、あるはずのない革靴が目についた。
「充さん? いるの?」
ドダドタと家の中を進み、彼の部屋のドアを大きく開いた。
「あ……陽真くん」
旅行鞄に服を詰め込んでいる充さんの姿を捉えて、俺の思考が止まる。
身の毛のよだつ不安から、怒りへと感情が一気に切り替わる。
「なんで? どうして!」
「これには理由があって」
「兄さんに言われた? 番にしてやるとでも……言われた? 抱いてやるから、こっちにこいって……」
「そんなこと言うはずがない。冬馬は別の人と……」
「じゃあ、なんで出ていく準備をしてるんだよ」
「これは……だから」
「……嫌だ。だめ……行かせない。他の男になんて、やらない」
俺は充さんの腕を掴むと、無理やり立たせた。ベッドに放り投げると、充さんのネクタイを外して手首を縛り上げた。
「逃げないでね」
俺は部屋のカーテンを閉めると、一度部屋を出ていく。自室にある「もしも用」に用意していた手錠を手にした。
使いたくなかったよ、充さん。
唇を噛みしめると、俺はすぐに隣の部屋の充さんの寝室に戻った。
「は、はる、まくん……なに、を?」
「ごめん。でも……こうしないと、逃げるから。逃がしたくないんだ。誰にも渡したくないんだよ、充さん……ごめんね」
俺はそう呟きなら、ネクタイを外して左手に手錠をかけた。ベッドヘッドに通してから右手の手錠をかけた。
「どこにも行かせない」
「待って! 陽真くんのため……に、だから……」
「俺のためを思うなら、どこにも行かないで」
「話を聞いて」
「やだ……聞きたくない」
俺に黙って家を出ていこうとするなんて……。
拘束した充さんに背を向けると、俺は部屋を出ていこうとした。
「陽真くんこそ、僕に嘘をついてた。ベータだって。本当はアルファなのに」
充さんの言葉に、俺はびくっと肩が跳ねた。
どうしてそれを知っているんだ。
「なんで、それ」
「冬馬から聞いた。ベータのフリするために強い薬を使ってるって。そのせいで、身体がぼろぼろになってて、治療が必要なんだって。僕はそこまでして、陽真くんの隣にいたいわけじゃない。確かに利用した。冬馬を好きだって勘違いしてる陽真くんに、失恋したかのように振舞ったよ。陽真と一緒にいたかったから。ベータでも恋愛はできるって思いたかったよ……でも、ベータとオメガの性への欲求に温度差がありすぎて……怖かった」
「……え? 充さん?」
「まだわからない? 僕の好きな人は陽真くんだ。陽真くんの身体を傷つけてまで、一緒にいたくない。治療してほしい」
充さんの頬が涙で濡れた。
「ここを出ていこうとしたのは、充さんの意思?」
「冬馬にも言われたけど……それは事実を聞いただけ。決断をしたのは僕。僕がいなくなれば、ベータの振りをする必要はなくなるから。治療してくれると思って」
「……充さんが出ていったら、俺は治療そっちのけで探すよ。見つかるまで、ずっと」
俺はベッドに戻ると、充さんの唇にキスをした。
「出ていかないから。治療して」
「わかった。次のヒートがきたら、アルファとして抱いていい?」
「もちろん。首の後ろも噛んで」
「やった。でもその前に……今すぐにセックスしたい」
「夕方に、冬馬が来る、から……あっ、その、前には……やっ、ちょ……っと、はる、ま、だめ……やだ、それ……」
俺は充さんが弱い首筋に舐めた。
※※※
兄さんが来る。
充さんの新しい生活と仕事を勝手に決めて、スマホまで新調させるとか。徹底的にやるよな。
俺と充さんを一緒にしたくないからって。
アルファなら、アルファらしく……一族のためにって、父さんのコピーみたいに言うんだろ。俺を説教して、無理やり考えを押し付けるんだ。
屈してたまるか。
俺だって、兄さんの弱点を掴んでやる。引き離そうとする兄さんの考えを、この場で間違いだったって訂正してやるんだ。
「ああ、田野倉。お願いがあるんだ――」
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