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第2話

 ひとしきり笑い終えたところで、一成が不意に体を哲平の方に向けて、栗色の大きな目で真っ直ぐに見つめて来た。本日二回目――哲平の心臓が大きく跳ねた。 「ねぇ、哲平はどんなプロポーズするの?」 「はぁ?今、彼女いないのお前が一番よく知ってるだろ?」 「うん、知ってる。でもさぁ、気になるじゃん?哲平ってカッコつけたがるからさ、結局言わないで終わる気がするんだよね。そうなったら相手の子が可哀想だなぁ~って。ほら、予行練習って事で…」 「バカか!予行練習なんかしたらサプライズでも何でもないだろ。何より俺が萎える」 「え~っ!つまんないのっ」 「そういうお前はどうなんだよ、一成!お前は……え~と、される方になるのか。どんなこと言われたい?」  話の流れとは言え、自分が恋心を抱いている相手にこんなことをストレートに聞くことになるとは哲平自身も思わなかった。  しかし、たとえ一成から言われたい言葉を並べられたとしても、哲平の口から紡がれることはない。  他の誰かが一成を愛し、その想いを彼に告げる。そして彼の幸せを温かく見守ってやることが使命なのだと……。 「――う~ん。突然そう言われると悩むよね」 「だろ?お前から振ってきたんだから、ちゃんと答えろよ」 「何だろ…。ストレートに『結婚してください』って言われれば誰だって嬉しいよね?あとは……ギュッと抱きしめて優しくキスしてくれたら『うん』って素直に言っちゃうかも」  極めてフツー、何の拘りもない一成の返答だったが、哲平は心の中でしっかりとメモとペンをせわしなく動かしていた。 「サプライズとかって仕込んでるっぽくて、俺は好きじゃない。何て言うのかな……勢いで言っちゃった!みたいなのが好きだなぁ」 (サプライズはNG、勢いは大事!)  いつしか一成の夢語りを真剣な表情で聞いていた哲平は、彼に名を呼ばれてハッと我に返った。 「哲平、どうしたの?真面目な顔しちゃって……」 「あ、あぁ……。今後の参考にと思ってな」  苦しい言い訳。膝の上に置いたままの手がなぜか汗ばんでいる。  目が泳いでいるのが自分でも分かる。しかし、一成はそんな哲平を見てケラケラと笑っている。 「参考にって…。哲平には無理だよ。だってそういう時ってすんごい緊張しいだから、絶対に言えないと思うもん。言いかけて、でも何か適当な言葉で誤魔化す」  付き合いが無駄に長いというのも考えものだ。幼い頃から哲平の性格を知り尽くしている一成には太刀打ちできない。  そうなると、哲平の想いは死ぬまで胸の内に仕舞いこんだまま終わってしまうだろう。  自分のことを理解してくれているという嬉しさ。その反面、何をやっても一成にとっては新鮮味のない事だという絶望。  哲平は彼に気付かれないように小さくため息をついた。 「――なんて言ってみたけど、俺も今はフリーだからいつになる事だろうね」  一成の細く柔らかい栗色の髪が風に揺れている。花壇に色とりどりに咲き乱れるバラを見ながら「綺麗だね~」と年甲斐もなくはしゃぐ姿は愛らしく、出来ることならばここで押し倒してしまいたい衝動に駆られる。  しかし哲平はそんな邪な思いをぐっと抑え込んだ。その時、気を抜いていたら聞き取れなかったであろう小さな声で呟いた。 「哲平が結婚する人って……どんな人なんだろう」 「えっ?」 「あ…っ。な、何でもないっ!独り言だよっ」  なぜか慌てて取り繕う一成に哲平はわずかではあるが希望の光を見出していた。 (もしかしたら……もしかする?)  頬をうっすらとピンク色の染め、それを哲平に見られないように逸らす一成は、何かを耐えるように薄い唇をキュッと引き結んでいた。  その姿を見た哲平は、自分の中で何かが解けるのを感じていた。  緊張で乾いた喉に何度も唾を流し込んで、唇をゆっくりと舐める。 「――あ、あのさ。一成って、好きな人とか……いる?」  返事によっては玉砕覚悟の捨て身の挑戦だった。哲平の言葉に弾かれるように顔を向けた一成の栗色の目が心なしか潤んで見える。 「そいつのこと……考えて、さっきのプロポーズの言葉……言ったのかなって」 「え?えぇっ?そ、そんなことないっ!好きな人なんか……いないって」  だんだんと尻つぼみになっていく声と、ピンク色を通り越して茹でダコのように真っ赤になっていく顔が反比例している。 (おいおい……まさか、だろ?) 「な、なに言ってるの……。哲平、バカじゃない?」  居たたまれなくなったのか、座っていたベンチから勢いよく立ち上り哲平に背を向けた一成の背中は小刻みに震えていた。  昔からそうだった――。何かを我慢している時は必ず、その相手に背を向けて細い体を震わせていた。  哲平は音もなく立ち上ると、ふぅっと大きく深呼吸した。  カラカラに乾いて張り付いた喉から上手く声が出せる自信はなかったが、目を閉じて息を吸い込んだ。 「――あのさ。さっきのって……もしかして俺に言ってくれた?」  勢いよく振り返った一成は今にも泣きそうな顔で、口元を手で覆っている。 「“結婚してください”って俺に……言ってくれた?」 「ちが…っ、そんな……んじゃ……ないよっ。あれは……ただ……っ」  震えながらフルフルと首を横に振る一成との距離を縮めていく。  絶対に離れちゃいけない、でも近づきすぎてもいけなかった友達としての距離。  そのボーダーラインを一歩、また一歩踏み越えていく。 「俺、カッコつけたがりやで緊張しいだから――いつまでたっても言い出せなかった」 「哲平…?」 「ずっと好きだった相手に逆プロポーズさせるとか最低だな……俺」 「――え?」 「幼馴染で友達で。この関係が壊れるのが怖くてずっと胸の中に抑え込んでた。絶対に出しちゃいけないって…。でも、やっぱり無理だ。お前の顔見てると…我慢きかない」  ゆっくりと歩み寄った哲平は一成の細い腰に手をかけて、優しく引き寄せた。  小柄な一成は哲平を見上げる。フォーマルなスーツに身を包み髪をセットした哲平が、今日はいつもの何倍も格好良く見えていたことは言わないでおこうと思った。なぜって――ずっとずっと前からカッコいいと思っていたから。  言いたくても言えなかったこと。恋人が出来た時、何かが違うと思ったのは哲平の事が好きだったからだ。  でも“振られた”と嘘を吐いた。優しい彼の声と髪を撫でる手、そして温もりが欲しかったから。  自分とは違う。でも一番近くにいてくれる勇敢な騎士(ナイト)。  一成もまた長い間胸の内に秘めていた想いが溢れ出した瞬間だった。 「ごめん……。俺、ずっと哲平の事……す、好きだった」  抱き寄せると胸に額を押し付けたまま呟く一成に、哲平は涙が溢れそうになるのをぐっと堪えた。 「――お前の前ではもう格好つけない。全部、見ててほしいから」 「哲平?」 「でも……緊張だけはさせてくれよ。だって一生に一度しか言わない事だから」  一成の細い体を力一杯抱き寄せて、哲平は柔らかい髪に顔を埋めて言った。 「――結婚、してください」  ヒクッと震えた一成の頬に手を添えて溢れた涙を拭う。そして、どちらからともなく唇が重なった。  爽やかな風が吹き抜けて、緑の季節の訪れと新たな幸福を予感する二人をそっと優しく包み込んだ。

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