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第2話

 明日は仕事だと言いながら、互いが満足するまでたっぷりと愛し合い、満たされた2人は、余韻を噛み締めるように、ツインのうちの1つのベッドでしっかりと抱き合っていた。  いつものように、互いの自宅にあるダブルベッドよりもずっと狭いベッドに寄り添うように横になっていると、余計に距離が近付いて幸福感が増した。 「こうしてると、初めての時を思い出すな」  完全に寛いだ様子で、脱力して大人しく身を委ねる威軍を胸に抱いて、志津真は懐かしそうに呟いた。胸から直接響く志津真の声に、威軍もまた甘い感覚を感じて陶然となっていた。 「初めて?」  ぼんやりしていた威軍が、志津真の言葉にフッと覚醒して聞き返した。2人の初めての夜に、今の状況と重なる覚えが威軍には無かった。  それに気付いたのか、志津真も言葉を補う。 「このカラダに触れることが出来た方の、『初めて』やなくて」  当時を思い出すように、志津真は指の背を使いながら威軍の美しい頬を愛でるように撫で、嬉しそうに威軍の耳元で囁いた。 「郎威軍が俺の恋人になった時の、『初めて』の方、な」  志津真に言われて、威軍も懐かしそうに目を細めた。2人には出会って以来共通の過去はあるが、「初めて」の行為は2回あった。互いの名前も知らず、ただ体だけの関係の時の「初めて」と、同じ会社に勤め始めて徐々に距離を詰め、想いを深めて確かめた時の「初めて」だ。 「初めて一緒に出張した時?」  あの時も、威軍が出張先の手配をしたのだった。それまで、2人だけで出張したことは無かったが、他の社員と出張する時はダブルルームをそれぞれ取り、1人で1室を使うことが、桜花企画活動公司(サクライベントオフィス)では許されていた。 「ああ。出張先で、こんな風にツインルームで、ベット2台あるのに、狭いベッド1つで寝た時、な」  分かり切ったことなのに、威軍はわざわざ志津真と同室のツインルームを1室だけ予約したのだ。それはもちろん、意図があっての事だった。  あの時の事を思い出したのか、威軍が急に身を起こして、志津真を上から見下ろすようにして言った。 「ねえ、『好きだ』と言って下さい」  見上げた美貌が、思い詰めた表情なのが気になって、志津真は薄く笑って、そっと手を伸ばし、暖めるように白い威軍の頬に添えた。 「ん?好きやで、もちろん」  安心させるように、優しく、誠実な声で答えると、威軍も口元を緩めた。その笑顔も崇高に見え、志津真はまたもやうっとりと見とれる。 「もっと…」  甘えるように言って、威軍は覆い被さるように志津真の唇を奪う。  志津真も、しっかりと威軍を抱き留め、繰り返し与えられるキスの合間に、息を継きながら言葉を紡ぐ。 「好きや…、ウェイ。お前だけ…。好き…、愛してる…」  甘く、ぞくぞくするようなセクシーな声で、志津真が何度も同じ言葉を囁いた。職場でも無駄に声がイイと、「声優部長」という名を欲しいままにするだけのことはある。だが、どれほど職場で声を褒められたとしても、この濃艶で酔わせるような囁きは威軍しか知らないのだ。  気が済むまで触れ合い、互いの唾液まで飲んで満たされた2人は、また元のポジションに戻った。つまり、志津真の腕の中で威軍が身を寄せる位置だ。  落ち着いた威軍が、ぽつりぽつりと口を開いた。 「あの時…。初めての、時…」 「ん?」  威軍が言葉を続けやすいように、志津真が優しく威軍の肩を撫でた。その温かさに励まされるように、日頃無口なはずの威軍が滑らかに話し始めた。 「貴方は私を『可愛い』とか『綺麗だ』と言ってくれましたけど…。『好きだ』とか『愛してる』とは言ってくれませんでした」 「そ、それは…」  寂しそうに言う威軍に、確かに覚えのある志津真は慌てて言い訳をしようとした。けれど動じる志津真を、落ち着き払った態度で威軍がそっと手で制して、自身の言葉を続けた。 「いいえ。今なら分かります。日本人は、そう言うことを言わないんですよね」  理解のある恋人に、志津真は苦笑するしかない。 「まあな。でも、ずっと心の中では…」  まだ言い訳をしようとする志津真の、自分への真面目さが嬉しくて、そして可愛くて、思わず威軍は笑ってしまう。  そして、威軍は気付く。志津真と恋人同士になって以来、ずっと笑うことが増えたな、と。 「分かっています。でも、あの時は、不安だったんです。私だけが貴方に夢中で、貴方には求められていないんじゃないかって」  こんなに素直に自分の気持ちを口にする日が来るとは、威軍自身思ってもいなかった。 「そんな訳あるか。好きでもない相手を抱くほど、俺は不自由してへんで」  あの時の威軍の心細さを慰めようとするかのように、志津真は優しく、穏やかに威軍を抱きすくめた。 「お前は気付いてへんかもしれんけどな。俺は、本当に初めて会った時からお前に惹かれていた。ずっと好きやった。再会して、お前に惹かれていく気持ちを抑えられなかった。けど…」  言い淀んだのではなく、志津真は威軍の様子を伺った。 「お前のこと、好きすぎて手を出すのも怖いくらいやった」  そう告白して、志津真は人好きのする、お得意の魅力的な笑顔を浮かべた。 「お前のこと、好きやから…。幸せになって欲しいのに、俺にはその自信がなかった」  志津真の告白に、威軍は黙ったまま微笑んでいた。 「だから、お前に誘惑された時、どんなに嬉しかったか!」  照れくさくなったのか、志津真は冗談めかしてそう言って、チュっと音を立てて威軍の(ひたい)に口づけた。

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