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1.異世界ラブホのカーテンは遮音性と遮光性に優れています。
「リラックスして」
日暮がカーテンを閉めた。艶のある濃い青色の、見た目より分厚い布だった。高い窓から差し込む光が遮られ、部屋が一気に暗くなる。
「キトリの繊維を織り込んだ布だから遮光と遮音性があるんだ。この部屋はうちの会社専用だから、誰も勝手に入って来れないし」
オレンジ色の光がふわりと広がる。クイーンサイズのベッドにはカーテンと同じ色のカバーがかかっている。僕はなんとか無表情を保っている。なんとか。
でも本当は、何でもいいから無性に叫びたい気持ちでいっぱいだ。日暮はそんな僕に気づいているのかいないのか、気軽なトーンで「ラブホみたいだろ?」と、まさに僕が想像したままの言葉をいう。
「この方が現地雇用の人たちにウケが良くてさ。雰囲気あっていいって。このあたりの宿って冒険者仕様だから、ムードもへったくれもないんだよ。それに終わったら好きなだけ休んでいいから」
「こ、この上で実況するわけ?」
僕はびくつきながらベッドをみる。サイドテーブルに日暮の会社の製品がずらりと並んでいる以外は、ただのベッドだ。日暮の会社の製品だって、スタイリッシュでオシャレだから、オブジェのように見えなくもない。
「今日は試してみるだけだ。落ち着いて」
日暮は僕の肩に軽く、慰めるようにそっと手を置いて、すぐ離した。一瞬のぬくもりに僕の内心は跳ね上がり、ぽとりと落ちる。日暮は何も気づかなかったように、青いベッドカバーの上に腰を下ろす。
「ここ、座りなよ。和見」
自分の横を軽くたたく。腰が引けたまま突っ立っているのも変だし、たかがこの程度のことで緊張し続けるのだっておかしい。こんなの、どうってことはない……はずだ。
というわけで、日暮の顔を見ないようにして、僕は彼の横に座る。ベッドはスプリングが効いて、よく弾んだ。
「そうそう、このマットレス、メタルスライムの繊維で内部構造を作ってるんだ。あ、メタルスライムっていうのは俺たちが勝手に呼んでいるだけで、本当はギギムミニトリアスポリムラコムって名前だけど」
「よく覚えてるな」
「営業だからね」
日暮は爽やかにいい放ち、サイドボードに手を伸ばして、一番端に立っていた円錐のケースを取り上げた。
「今日は製品を試してもらうだけだから。ここを開けて……」
長い指がカバーを外す。中身は透明で、鮮やかなブルーのラインが螺旋状に入り、ぷるんとした見た目はポップなゼリー菓子のようだ。日暮は無造作にケースからそれを外し、すると内側に入っていた透明なチューブが転がり出た。
「これはモニター中の新製品だよ。これがローション。本体は洗って何度か使えるけど、ローションは一回分だけ。たまにけち臭い冒険者に文句いわれるんだけどさ」
「あ、うん……」
日暮の口調も仕草もあまりに自然だった。サランラップはこうやって使うんだ、みたいなノリで話すから、僕は差し出された本体とローションを両手で受け取り、そのはずみに日暮を正面からみつめてしまう。マズイ、と思う。眼の前にいるのは爽やかなイケメンだ。頬はかつての子供っぽい丸みが消えて、僕の記憶より精悍だ。
高校時代の日暮はスポーツが得意なくせに、どの部活にも所属せず三年間生徒会役員をやっていた。一方僕は電子音楽研究会なんてマニアックな同好会だったから、日暮との接点は同好会の予算や部室の使用折衝、それに学校行事で電子機器についての僕の技術を必要とされたときに限られた。他には生徒会旅行の、あのとき……
「この仕事って、どうなんだ」
僕は製品のぷるぷるした表面をなぞって、なんとなく聞いた。
「ん?」
「営業。面白い?」
「楽しいよ。異世界間マーチャンダイズは期待が大きいし、天下は風通しのいい会社だ。セックスグッズって偏見が多いだろ? でも実際は社会貢献的な側面がすごく強いんだよ。いちばん敏感なところに触れるものだからいいかげんな開発もできない。TEMCAは全部に正面から取り組んでる」
日暮は熱心な口調でいって、急に照れくさそうな顔をした。
「ごめん、手前味噌で」
「いや。いいな。仕事楽しそうで」
「和見は楽しくない?」
「嫌いじゃないけど、忙しすぎてちょっと」
僕は忘れていた感情のかけらが浮き上がるのを感じてうつむいた。あり余る欲望をもてあまして焦っていた十代の羨望や憧れや嫉妬、きれいとはいえないものまで混じったあの感じは、思い出すと恥ずかしさもあって、少しいたたまれなかった。顔をあげると日暮は静かな眸で僕をみつめていて、口元も目尻も笑っていなかった。日暮は僕のことをどんな風に覚えているのだろう。こんなところで再会するなんて思っていなかったはずだ。
「じゃあ、俺はあそこにいるから」
日暮はベッドから立ち上がり、部屋の隅の青いカーテンを指した。
「困ったら呼んでくれ。ただのテストだから、リラックス」
長い手足がカーテンの向こうに消える。僕は異世界の部屋でひとりになった。リラックス、か。ため息をつきながら円錐のケースを拾った。透明なプラスチックに虹色の帯が入り、その中に商品概要が書かれている。
『TEMCAは男性用セルフプレジャーグッズです。お好きなサイズや質感、使い捨てタイプから充電式電動タイプなど、好みに合わせてお選びいただけます。』
僕はもう一度ため息をついた。もしかしたらこの世界へ飛ばされてから、今がいちばん心細い瞬間かもしれない。ベッドの横にならべられた商品に眼があって、僕をみつめているような気がする。もちろんそんなことはない。TEMCA――スタイリッシュなオナホールは、ただ使われるのを待っているだけだ。
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