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4.これからも快適にご使用ください。
僕は賢者タイムですっかりぼうっとしていたが、日暮の声に我にかえった。
「え?」
「ごめん、我慢できない」
「え?」
唐突にうつぶせにされ、押さえつけられる。足先からボクサーが抜かれるのを感じ、うなじに日暮の息を感じる。腰のあたりに堅いものが当たる。え、と僕は思う。これって……これって……
「日暮、あの、ちょっと――」
「わかってる、和見は傷つけないから」
スポッと蓋を開ける音がする。
「大丈夫、俺にはTEMCAがある! TEMCAがある!」
ぜんぜん大丈夫な気がしない。ローションがグチュグチュいう音が聞こえるが、シーツに押しつけられているから何も見えない。と、腰にひやっとした、いやぬるっとした感覚が当たる。TEMCAの感触にも似ているが、もっと温かくて……
「日暮、なにやっ…ひゃっ、ひゃひゃ?」
股のあいだ、いや尻の――その、あそこに加えられた感覚に僕はわけのわからない音声を漏らしてしまった。ぞわぞわぞわっと背筋に快感のようなもの(つまり僕にはその感覚が何なのかわからなかったのだ、だってこれまで経験がなかったのだから)が走り、ソコを日暮に舐められているのだと理解するのに何秒かかかった。
「や、なにやって……そんな――」
「大丈夫だから……和見……」
いや、大丈夫じゃない。さっきも思ったがぜんぜん大丈夫じゃない。なのに日暮は僕の腰をもちあげ、膝を立たせてさらに舐める。ぴちゃぴちゃっと聞こえるのは日暮の舌の音で、同時にTEMCAが動くスコスコグチュっという音も加わる。
「ひぐ――あんっ」
「かずみ――……かずみ……」
内側を舐められて僕はまた変な声をあげ、異物が中に侵入するのを受け入れてしまう。舌じゃなく、もっと長いもの……指で日暮は僕のなかをそっと押し広げ、くいくいっと弄る。日暮の荒い息を聞きながら僕も大きく息を吐いていた。さらに奥を押し広げられたように思った――次の瞬間だ。
頭のてっぺんが真っ白になるような感覚に襲われて、僕はシーツに顔を押しつけ、声もなく悶えた。
「すごい、可愛い――かずみ……」
日暮の声がものすごく遠いところに聞こえる。腰を抱かれ、ひっくり返され、ぼうっとしながら僕は眼をあける。日暮が僕を見下ろしている。いつのまにか素っ裸で、股間にそびえたつのは虹色をした巨大なTEMCAだ。虹……レインボー……Somewhere over the Rainbow……
どういうわけか僕の頭を横切ったのはそんな歌だった。オズの魔法使い。どんな歌詞だっただろう? そういえばあれも異世界に飛ばされる話じゃないか。虹の彼方でほんとうの願いが叶う、そんな意味だったろうか?
「和見……好きだったんだ、ずっと……」
ぼんやりした意識のなか、そんな言葉がきこえた気がした。
「告白させてくれ、和見」
あおむけになって天井を見ている僕のすぐ横で日暮がいった。
僕と日暮はまだ青いカーテンの中にいる。クイーンサイズのベッドにはTEMCAがいくつも散らばっているが、とっくの昔に「製品を試す」なんて線は越えていた。日暮は自分もTEMCAでいき(それも三回)その最中もその後も僕を舐め、弄りつづけた。僕は日暮のその――アレこそ中に入れなかったが、指でさんざん弄られて何度も頭を真っ白にさせられた。つまり僕たちがやったのは完全にセックスだったと思う。
正直いって僕はまだ困惑していた。異世界で高校時代の同級生と僕はいったい何をしているんだ? たとえ僕が彼を当時ひそかに、本当にひそかに、気にしていたとしても。
そうなのだ。だから今、僕は日暮の顔を直視できない。
「告白って……」
「高校の時、生徒会の夏の旅行でさ……」
「ああ」
その時のことはよく覚えていた。夏休みのただの親睦旅行だ。どうして僕が誘われたのかは当時もよくわからなかった。覚えているのは、旅行の後から日暮は僕にあまり関わらなくなったからだ。少なくとも、用もないのに電子音楽研究会に顔を出すことはなくなった。
「夜さ、馬鹿な連中が抜き合いやろうっていってたの。和見は途中でいなくなったけど」
「よく覚えているな」
僕も覚えていた。それこそ馬鹿な悪ふざけだ。
「俺もあいつらは置いて行ったけど……実はあのあとこっそり、ひとりで抜いた」
日暮は何がいいたいのだろう。
「えっと、それ……」
「気になって。和見がイクとき、どんな顔をするんだろうと思って……」
「おい、日暮」
「そのときだけじゃなかった。その後も、何度も。和見を思い出して。初恋だった」
「……日暮」
「この世界で再会した時、一瞬夢かと思った。それでわかったんだ。いまだに……好きだって」
僕は思わず横を向いた。日暮は天井をみつめたままで、しかし目線がちらっとこちらに動いた。
「だから告白しないといけないんだけど……その……和見がこっちに飛ばされたのは本社のミスだから、会社がギルドに全額支払うんだ。和見は営業アシスタントなんて、しなくていい」
「え?」
「いや、最初はそういう案も出たけど、俺が掛け合って全額会社持ちにしてもらったんだ。だからテストっていうのは俺のその……俺がせめてこっそり、見たいと思って……和見のイキ顔……」
なんだって?
「おい、おい、日暮!」
僕はがばっと起き上がった。とたんに眩暈がして、またぱたっと倒れた。日暮がぎょっとしたようにぱっと体を起こす。
「和見、大丈夫か?」
「じゃあ――僕はこんなことしなくても……」
僕たちはベッドの上で顔を突きあわせた。真正面にいる日暮と眼が合う。日暮の眸は真剣で、嘘が感じられなくて、まっすぐだった。何かいおうと思っていた僕の頭から言葉が抜け落ち、真っ白になった。日暮は僕に髪をすりつけるようにして頭をさげた。
「ごめん! その、思い出が欲しかったんだ! すいません! ほんとに好きだったし、今も好きだ! それで……その、ごめん……」
僕の頭からまた言葉が抜け落ちた。どう反応したらいいのかわからなかった。
僕は眼の前にある日暮の髪を触った。昔一度だけ、この髪に触ったことがある。同好会で作業していた僕の横で、彼は居眠りしていた。今のこの部屋のように部室は暗くて、親しい雰囲気があった。少なくとも僕はそう感じていた。
「……顔、上げろよ。日暮」
髪を撫でながら僕はいった。
「大丈夫だから」
それでも日暮は頭を下げたままだ。僕は彼の首筋を撫でた。
「それをいうなら、僕もたぶん……好きだったから」
ふらっと僕の手の下で頭が揺れた。日暮の眸が僕の眼のすぐ近くに持ち上がる。
「和見?」
「だからいいよ。今も好きかどうかは……わからないけど」
「和見」
背中を引き寄せられる。僕は日暮の胸に顔を押しつけられている。腕がぎゅっと背中で締まり、息が止まりそうなくらい強く抱きしめられる。
「日暮、おい」
「きっとそのうちわかる」
耳元で日暮がいった。
「だから今度はTEMCAじゃなくて、俺で――俺に試させて」
僕は思わず笑った。
「そんなの――営業としてまずいんじゃ……」
「大丈夫だ」
日暮は即答した。しっかりした声だった。
「和見の前はTEMCA、後ろは俺が担当する」
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