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3.たとえ世界がちがってもビジネスは工夫次第です。
さてそんないきさつを経て、ゆっくり休んだ翌日のことだ。昨日と同じオフィスで、日暮はためらいがちに口を開いた。
「本社と話して、和見を営業アシスタントとして雇用したのに書類が送られていなかった、という名目で、ギルドを説得することになった」
「そうか。ありがとう」
僕は心底ほっとした。僕の勤め先はTEMCAのように儲かってはいないし、七桁におよぶ金額の一部でも負担するなんてことになったら正直やっていられない。ただ日暮の話には続きがあった。
「この場合、ギルド側に和見が実際にアシスタントをしている証拠をみせないといけない。で、TEMCAの営業アシスタントって、現地雇用しているんだけど……ちょっと特殊でさ」
それはそうだろう。なにしろ商品はオナホだ。僕はできるだけ気楽な口調を保つ。
「TEMCAの宣伝ならSNSで見たことがあるよ。模型で使い方を見せてるの」
「うん、種類もたくさんあるし、まずはいくつか試して、感想をいってもらって」
「そのくらいなら簡単だよ」
「慣れたらどんな感触だとか、どう気持ちいいかとか、気づいたことを詳しく話せばいい。しながら説明するって慣れるまで難しいだろうし。俺としてはこのくらいでアシスタントの条件を満たせるんじゃないかと」
え?
「ちょっと待って。……しながらって?」
「ああ、うん、だから」
日暮は困ったように前髪をかきあげ、頭をかく。この癖には憶えがある。彼は手をおろし、僕を少し見下ろすようにする。その眼つきに僕はどきりとする。
「オナホの実演販売なんて日本じゃ考えられないけど、ここじゃ模型を使った程度じゃわかってもらえないんだ。このジャンルの異世界マーケティングで大成功したのは、最初はコンドームメーカーだったんだけどさ」
日暮は超有名メーカーの名前をいった。
「ゴムは冒険者ギルド経由で病気や色仕掛けの魔法攻撃避けとして使えるのを証明して、爆発的なブームになった。うちの場合は魔物狩りのアフターケアとして売り込んだ。狩り後の冒険者は興奮してて、男女関係なく暴行事件が多発するから行政も困っていたんだよ。それで《TEMCAを狩りのリラックスタイムに》」ってキャンペーン張ったんだけど、これが大当たりして、いまやわが社の製品は超人気」
「それは……良かった」
正直な感想だった。さすが異世界だ。わけがわからない。
「ただ、めちゃくちゃな使い方をする連中が多くてね。コンドームも知らなかったんだから無理ないんだけど。それでメーカー直々の実演販売をやることにしたの。かぶせてしまえばほとんど見えないから、ここの感覚だとわいせつでもなくて、ビキニの水着みたいな感じっていうのかな? それでアシスタントっていうのはこの実演販売係なんだ……その、ギルド側の認識では」
僕はぽかんと口をあけ、閉じた。
「日暮、それってつまり……人前でオナニーするってこと?」
「まあ、そう」
「オナホを使って?」
「うん」
僕はまたぽかんと口をあけ、閉じた。
飛び出しかけた言葉は「絶対、絶対お断り!」というものだ。だがその時僕の脳裏に受付にいたギルド職員の言葉がよみがえった。事前登録なしのゲート通過は正規往復料金と罰金合わせて十倍返し、日本円にして……
僕はごくりと唾をのんだ。ほら、いうじゃないか。旅の恥はかき捨てって。
というわけで僕はオフィスからこの部屋に移動し、ベッドに座っている。ボクサーとTシャツだけになり、軽くあぐらをかいて、オレンジ色のぼんやりした光の中で、渡されたTEMCAを眺める。眼を閉じてその気になろうとしてみる。してみるが……
「和見」
どのくらい時間が経ったのだろう、日暮の声が聞こえた。部屋には小さなささやき声もよく響く。日暮の声は高校時代とあまり変わらなかった。低く、尖った部分がない。高校生の自分の声を僕が勝手にサンプリングしていたなんてもちろん彼は知らないだろう。
「どう?」
「ごめん、まだ……」
「ん?」
「その気になれなくて」
「そこ、行っていいかな」
返事をする前にカーテンが開いた。日暮の姿を見たとたん僕は背中から力が抜けるのを感じた。同好会の狭い部屋を思い出した。窓の光でパソコン画面が見えなくて、僕はいつもカーテンを閉めて、薄暗い部屋でキーボードを叩いていた。日暮は生徒会の用事を口実にやってきては勝手にパイプ椅子を出して座り、僕が手を動かすのを見ていた。
「そうだよな。いきなり異世界に飛ばされて、これじゃ困るよな」
ベッドのスプリングがきしむ。僕は追憶から覚める。日暮の手が僕の肩にかけられ、背中ををさするように撫でた。もう片方の手がTEMCAを僕の手から取り上げる。
僕はじっとしていた。緊張がとけたせいか、急に泣きたいような気分がこみあげてきて、そんな自分に困惑した。
「ごめん」僕はつぶやいた。
「まさか。謝るのはこっちだ。和見じゃない」
まだ手が僕の背中を撫でている。日暮のズボンがボクサー一枚で座っている僕の組んだ足に触れ、体温が伝わってくる。客観的に考えると妙な状況だ。なのになぜか自然なことのように思えた。
「落ち着いてきた?」
日暮が僕の耳のすぐ横でいう。
「うん」
「和見……すこし手伝おうか」
「え、」
答えるまもなく日暮の手が僕の太腿におかれた。親指が内股の方をなぞるように動く。
「ちょっ、待っ……」
あっという間だった。僕は体をねじろうとしたが、掴まれた腰から背中をくるりと持っていかれて、日暮の腰のあいだに座るような体勢になっていた。彼の腕はいつのまにか背中からがっちり僕を支え、背後から僕の腕を拘束するように――でなければ抱きしめるように捕らえている。
「ここ」
指が僕のボクサーの表面をかすった。内股のさらに奥をなぞる。
「気持ちいい?」
耳元でささやかれる。
Tシャツごしに感じる日暮の体温に僕の心臓が早鐘を打った。ズボンが太腿に触れ、こすれるたびに背筋が粟だつ。
「あ……」
吐息のような声がもれた。そんなつもりはなかったのに。
「いけそうかな」
「日暮? あっ……」
いったいどういう手品なんだ。
何もかも、そう思ってしまうほどの素早さだった。日暮は片手で僕のボクサーの前をあけ、半分勃った僕のペニスの根元を弄りながらもう片手でローションのチューブをとると、TEMCAの内側に垂らした。僕は魅入られたようにその手の動きをみつめる。ペニスが柔らかい突起に埋められる。
「え、ちょっとま――あっ」思わず僕は大きく声をあげていた。
それは快感というより、日暮にこんなことをされているという衝撃のせいだったと思う。でも日暮はためらわなかった。最初はゆっくり、次に少しスピードをあげてTEMCAを上下させる。また僕の口から無意識に声が漏れた。今度は純粋に快感のためだ。
「あ、あ、……」
「どう?」
ペニスに吸いつく感触と同時に、耳を覆う低い声が僕に魔法をかける。
「気持ちいい? もっと早くしようか?」
「……ん……いい……いいけど……ちょっと急すぎ……」
「すこし緩めよう」
日暮の手つきは完全に熟練者のそれだった。
「三次元構造の襞が内側にあるんだ。ほら、こうやってすこしねじると……」
「あ、ああ、やめ、」
日暮は片手でぎゅっとTEMCAごと僕のペニスを握る。僕を背後から抱きしめているもう一方の手がTシャツの内側に入り、へそのあたりをさぐる。
「日暮、そこや、あ、ん、ん、」
TEMCAに突っこまれているからというだけでなく、へそをなぞる日暮の手と首筋にあたる息が僕の背中におかしな感覚を呼びおこす。
「っちょっと――ひ――」
「ん?」
ぞくぞくっと背筋から腰まで快感が走った。日暮が僕の耳たぶを噛んだのだ。耳のうしろから中までぞろぞろなぞられるたびにびくっと体が跳ねそうになるが、僕はまだ日暮の膝のあいだに抱えこまれている。日暮の右手が動くたびにローションがグチュグチュ鳴り、股のあいだからシーツに垂れる。
「どう、和見……うちの会社の製品……」
「いい……あ、いいから、日暮、ひとりでできるから……」
「そう?」
今度は耳の下から首筋のあたりを日暮の舌がつーっと舐めた。
「あ、あ、は、日暮、」
「イキそう?」
へそを弄っていた指は僕の胸のあたりを動いている。乳首をなぞられ、摘ままれたとたん、大きな声が漏れてしまった。
「やっ、や――」
「すごい、可愛い……和見……」
「やめ、あ、」
「胸、尖ってるよ……感じてる……」
背中がずっしり重くなる。日暮は僕の肩口に顎をのせ、鎖骨のあたりをふうっと吹く。
「和見の乳首、ピンク色だね……綺麗だ……」
「そんなの知らな――……あ、あ……イキそ……」
「見せて……和見のイクところ」
「や、あ、あ、あ……」
日暮はまたも僕の耳を舌で蹂躙し、頬に自分の頬をすりつけた。
あっという間だった。股間に高まる圧力と他の場所への刺激で、僕はほとんど涙目になっていた。そして最後のひと仕事といわんばかりに、日暮は腕で拘束した僕の腰を背後から揺さぶりながら、ペニスにかぶせたTEMCAをひねるという信じられない合わせ技を使った。
一気に爆発地点へ高められ、射精の瞬間がやってくる。その時は声も出なかった。解放され、じんわりと投げ出されながら、僕は激しく腰を揺らす。
「ああ、可愛い……和見」
日暮はまだ背中から僕を抱いていた。ふと、腰のあたりに堅いものが当たるのに気がついた。日暮の息が荒い。
「日暮……」
首をひねって僕を抱きしめている男をみつめた。爽やかなイケメンは苦し気に眉をひそめていた。まぶたの下が欲望の影で曇っている。
「和見、俺も……させて」
長い腕がもがくように伸びて、サイドテーブルに並ぶ別のTEMCAを取った。
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