1 / 3

第1話

 津嘉山(つかやま)グンマ-群馬-・丑伏(うしぶせ)はある噂を頼りに、セントラル・パークに囲まれた自分の会社の裏トイレへ調査に出た。ここは会社の関係者もだけでなく、セントラル・パークの利用者にも開放しているのである。噂というのは、深夜帯にこのトイレの奥で咆哮がするというのだ。インターネットの情報にも、よからぬ掲示板によからぬ書き込みがある。伏字にされているものの、それはここ、群集天馬(クラウドペガサス)株式会社の裏トイレを指しているのだから、津嘉山は知らぬ顔ができなかった。会社に泊まるつもりで時間を待ち、ライトを片手にひとり、件の場所に赴く。黒の大理石の外装に照明が反射した。しかしセントラル・パークの外灯で、手持ちのライトは必要ないように思えた。  現場に近付くと咆哮が確かに聞こえた。人感センサーによってトイレは明るい。ミラーハウスのような瀟洒(しょうしゃ)で俗物的な造りに反し、聞こえる声は野生的だった。ビルの裏側の延長として黒の大理石を不断に使われたトイレに入る。内装は美容室やブランドショップのようだった。間接照明と必要以上に張られ、ギザギザと凹凸した壁の手洗い場の奥に、それがある。どれだけ内部の装飾が凝り、清掃が行き届いていても、獣の咆哮みたいなのが雰囲気をすべて台無しにした。客層も目的もコンセプトも(わきま)えず、また応用力もない我の強すぎるデザイナーが手掛けた悪趣味で独り善がりな滑稽極まりない動物園と化している。高級衣料店の試着室みたいなトイレの個室を開けた。  便器の上に裸の男が乗っている。タンクへ頭を向け、出入り口に臀部を晒していた。全裸というには拘束具が多く、性玩具が穴という穴を塞ぎ、全裸ともいえない様相を呈している。男は津嘉山のことも、誰とも分からず誘惑した。 「…………父さん」  男は、このトイレの所有者・津嘉山グンマの継父である。 ◇  宮郷(みやごう)イセ-伊勢-・鶴舞(つるまう)は焼鳥屋のアルバイトの帰りだった。横柄に肩を揺らして歩く姿が特徴的ななかなかの好男子である。群集一角馬(クラウドユニコーン)寮に暮らす1人である。彼はアルバイト先の売れ残りと全日萬屋(コンビニエンスストア)で買った弁当と飲み物を吊り下げている。  建物は寮を経営している群集天馬(クラウドペガサス)株式会社の本社の外観を模していてエントランスは黒の大理石が特徴的だった。夏場涼しいが反射が暑苦しく、冬場は寒さを助長した。ロビーもある。芸能人も住んでいると聞いたことがあった。歓楽街のホストがいるのは一度見たことがあるため確かだった。  自動ドアが居住者を迎えた。入ってすぐにロビーがある。特に人はいなかった。そして彼はポストを確認した。新たに紙が1枚入っていた。サイズ、紙質片面刷りであることからいって管理会社や工事の告知である可能性が高い。  宮郷は片眉を上げた。頭のおかしな知らせというものはSNSなんかでよく目にするものだ。そしてそれが注目されればインターネットで起きたことを公共の電波で取り扱う。その類いの珍妙な便りである。"男トイレ"が増えたから自由に使えという。こういう場合、男子用トイレだとか男性用トイレだとか書かれそうなものが、どういう都合か"男トイレ"と記されていた。さらにこの寮は4人しか住んでいないのだ。トイレを増やすほど困っていない。しかしそこにこだわる宮郷ではない。自宅のゴミが増える前にぐしゃぐしゃに丸めるとロビーのゴミ箱に捨てた。他には水道料金だの地域新聞などが入っている。必要なものだけ拾いあとは同じく共有スペースのゴミ箱に捨てた。宮郷はエレベーターに乗った。2階建てで、エレベーターホールの左右に1部屋ずつ、正面に2部屋ある。数秒で2階に着き、宮郷の目に入ったのはまさしく男トイレだった。エレベーターに向けて大股を開き、両足首に両手首を括り付けている男がいる。でっぷりと肥った中年で、ラバー製の目隠しを付けているために顔立ちのほうはよく分からなかった。モーター音が轟いている。 「ぉっ!ぉおおっ!」  テレビで聞いたことのあるトドやオットセイに似た鳴き声が上がり、よく焼けた餅のような尻が綺麗に磨かれた床に弾んだ。宮郷は青褪めながら遠回りしてエレベーターの正面に位置する部屋に逃げた。途中、女体みたいに膨らんだ生白い乳房をまともに視界に入れてしまった。淡いピンクの乳頭に小さな銀が光っている。淫蕩に耽る宮郷も、そのパステルカラーで表現できそうな乳房は初めて見た。強烈な印象を脳裏に焼き付けてしまい、彼は身震いした。 ◇  今をときめく男性アイドルグループ・ライトニングのメインボーカル、尾瀬ハルナこと嬬恋(つまごい)ミソラ-御天-・蛇骨(だぼね)は事務所からこっぴどく叱られた帰りだった。彼に関する女性問題をひとつ解決あるいは揉み消したらしい。尾瀬ハルナは24歳だが未成年と見紛う幼さがあった。大きなくりくりとした目に、さらさらの茶髪には若い女子たちが言うところの"天使の輪"を携え、小さな口に赤いグラデーションの入った唇は耽美人形がそのまま血肉を持ったようである。美少年は長い睫毛をすばやく上下させて社長に謝り、すべてを許させてしまうほどメロメロにさせていたが、マネージャーと2人きりの車内では後部座にどかりと座り、助手席に足を乗せていた。  この美少年は性欲が強かった。事務所雇いのセックスワーカーでは飽き足らず、歓楽街の性商売の女に手を出したのである。すると、いつ露見するのか分からない。 「ジャーマネさんがぼくの肉便所になってくれたらいいのに」  マネージャーは無言だった。彼女がテレビに出ればいいと思うほどの麗人だが、赤いセットアップのスーツにフリルブラウスがかなりの流行遅れで縦巻きの茶髪もどこか古さがある。しかし尾瀬ハルナ(もとい)嬬恋はこのマネージャーの美貌をたいへん気に入っていた。服装などは下着に剥いてしまえば関係ない。流行を追わない頑固さも好みだ。彼女は背後から毎度、毎回値踏みされていることに嫌悪しながら白い手袋でハンドルを切り、事務所と提携していない管理会社の物件の前に社用車を停めた。自宅まで、そう距離はないがウィッグをかぶり、マスクとサングラスを身に付ける。キャップもかぶった。そもそも4人ほどしか居ないのだ。このうちの4人が誰か外部の人間を連れ込んだ可能性はあるが、同じ建物の中でもあまり顔を合わせるということはなかった。おそらく生活リズムが他3人の住居者とは違うのだろう。ホストクラブ勤務みたいなのを1人見たくらいで、残りの2人は謎に包まれている。だが向かいの部屋の玄関傍に盛り塩があるのがどうにも薄気味悪かった。管理会社の干渉していないサイトの事故物件情報にこの建物は登録されていない。  エレベーターに乗り込み、何を肴に自慰に耽ろうかと思案した。太い客であることに胡座をかき好き放題に女を抱いて発散したつもりが、また嬬恋の肉体に小火が点っている。マネージャーの甘い香水こせいでもあり、やたらと多い襟のフリルから覗ける大きな胸元のせいでもあれば、彼女の笑い方が喘ぎ声のようでもあるからだ。明日も早い。雑誌のインタビューがあるはずだ。事務所提携のセックスワーカーの女を呼ぶわけにもいかず、個人的な情婦などまた社長の雷が落ちるに決まっていた。しかしそれでいて素行不良をやっていられるのは、ほとんどライトニングの稼ぎで事務所を食わせているからだ。  ちん、と気取りすぎているほどの小洒落た建物には似合わない間抜けな音とともにエレベーターが開いた。早く自慰をしたかった。あくびも出る。そして目の前に転がる生きた肉塊、否、脂肪玉を認めた。両手首を両足に固定され、大きく膝を開き、普段ならば他人に見せないような場所を晒している。でっぷりとした腹に埋まるような陰部には知恵の輪を伸ばしたみたいなものが喰い込み、尻には黒塗りの空き缶のようなものが挿入っていた。(うがい)に似た音が喉で鳴っている。白い肌は蝋のようで、腕毛も腹毛も臑毛も生い茂っている。嬬恋は露骨に顔を顰めたが、同時に、それを事務所が用意したものと解釈した。口説くな、犯すな、孕ますな、と再三叱った結果、事務所はこういう手に出たに違いない。玄関前に届けておいたのが動いてエレベーターの前に移動してきたと考えても、やはり性欲の強過ぎる大人気アイドルグループのメインボーカルで人気メンバーのスキャンダル防止のために性処理肉穴を用意したに決まっている。  世の中心は自分―と信じて疑わない尾瀬ハルナ本名・嬬恋ミソラが、公共の場に置かれた猥褻物を自分への贈物と捉えたのも無理はない。 「そーゆーコトね、100理解した。おっさん、聞こえてる?」  変態男は歯科医の施術中に使いそうな開口具を嵌め、返事のしようがないようだった。耳には栓が入っていたが嬬恋はそれに気付かなかった。鼻フックもつけられ、穴という穴には何かしらの器具が付いていた。むっちりとした頬を叩く。被虐趣味が窺える。何故なら嬬恋は一度たりとも嗜虐的な性行為をした覚えはなかった。回数こそ異常だが、することは至ってノーマルな指淫と口淫、性交のみだ。保健体育の教科書に載せてもいいくらい、挿れて動いて出すだけだ。 「おっさん?」  返答はない。挿入する温かい肉穴があればいいとは社長に言ったが、男の、それも脂肪にまみれた臭そうな毛むくの中年というのはさすがにばかにしすぎている。手を出さなければ片付けられるだろう。嬬恋は自宅に帰ってしまった。 ◇  ホストクラブで一気飲みの指名を受けた小嵐(こがらし)絵愛絽(えあろ)、本名、浅間(せんげん)ジン-仁-・鬼怒沼(きぬぬま)は酔いに酔っていた。真っ直ぐ歩けない。世間や酒類の販売元は一気飲みをするな、酒の許容量を守れというが、それが叶わない職業もある。電柱に手を掛け、吐気を堪えた。すでに深夜帯である。覚束ない足取りで帰路に就く。タクシーを使えばよかった。景気のいい高額なスパークリングワインなど、一気に飲めばただの炭酸気違い水で、身体に吸収されるより早く、便器かアスファルトに叩き付けられるのだ。まだ、悩める人々の一時的な福祉とさえいえる安酒のほうが尊いものだ。息苦しさに何度も深呼吸をした。具合が悪く、いっそのこと吐いてしまおうとしても、店のトイレで1発盛大な嘔吐をしてから2発目は出ない。ただ胃袋がひっくり返りそうな気持ち悪さに襲われ、胃液も出てこない。視界で揺れる自身の金髪が煩わしかった。家は大理石御殿クラウドユニコーンだ。胡散臭さで有名な宗教の信者がいるとかで、何度か接客中の話題にしたことがある。姿は見たことがない。ただポストからすべり落ちていた会報と、取っている新聞により判明した。  自動ドアをくぐると空気が変わった感じがした。ここから先はたとえ吐きたくても呑み込まなければならない、そういう強迫観念を持たされる。ロビーのソファーで座って休むのも魅力的だったが、そういう理由でエレベーターに向かった。今日は郵便物を確認するだけの体力もなく素通りしてしまった。エレベーターの引き上げられる浮遊感が嘔吐を誘う。もう立っていたくなかった。扉が開いた途端に浅間は唖然とした。客だ。丸々と太った色白の、身嗜みに頓着のないくせ肉体関係を求める客が浅間(せんげん)ジン、俗称、小嵐絵愛絽にはついている。あれが自宅まで来たに違いない。この住居を手放す気はなかった。黙っておく代わりに身を売るのも、この際仕方ない。仕方なくなかったにせよ、酔った頭では他に選択はなかった。彼はこうして女との問題を解決してきたのである。問題は、多量の飲酒だけでなく、相手の容貌によって勃つかどうかなのだ。人民社会美化優生評議会という美容に対する過激なテロリストから成り上がった委員会が政治に於いて覇権をとった。例の客はその耽美テロリズムに遭っていないらしい。そして世の情勢など、浅間には興味がなかった。醜い脂肪の塊に近付く。目を閉じればただの女体だ。問題はただひとつ、勃つか否かなのである。毛深くだらしのない肉体はまるで人民社会美化優生評議会が勢力を伸ばす前のしがない中年男性の紋切型そのものだ。今こそ珍しいが、浅間も何度か昔の写真で見たことがある。 「のんのんちゃん、勘弁してくれよ。自宅(うち)まで付いて来られるの、困るよ」  キスはできない。ライチのように白い乳房には黒々とした毛が多い、しかし双つぷくりとしたストロベリーミルクのキャンディを彷彿とさせる乳頭にはピアスが空いていた。容貌も服装も髪型も持物も地味だったが大胆だ。指を舐めてパステルピンクとしか言いようのない胸粒を摘んだ。ピアスのためか凝っている。 「はぐぅ……!」  指の腹で豆のように硬くなった乳首を転がした。吐きたい、早く休みたい、早く寝たい。浅間の頭はこの3つだけである。好みでない女のグロテスクな性器など目にしたくなかった彼は、そこを塞ぐシリコン製の極めて太く長い栓を抜いた。 「んぬほぉっ!」  野太い声もあの客らしい。波紋を描くみたいに頭痛を助長した。躊躇いがちに指を突っ込む。くちゅりと音がして、中は熱かった。飢えた穴は綺麗にネイルカラーが施された浅間の指を食い締めた。その貪欲さと卑しさに肘は引き攣り気味になる。おそるおそる指淫した。 「おっおっおっ!んぉおおっ!」  器具が嵌められ閉じられなくなっている口から雄叫びが上がる。浅間の腕と連動している。好みの女にする性技のひとつも出せない。客は背を揺らし、爪先で腰を浮かせ、さらに浅ましく刺激を求めた。小嵐絵愛絽、本名、浅間ジンの悪酔い極まり鈍った視界にきらりと輝いたものがある。毛の逞しいぼよんとした腹の下で何かが照ったのだ。この者は言動、仕草、金遣い、遊び方、すべてが痛々しい客"のんのんちゃん"ではなかった。男である。光ったのは、この者を男と断じた身体的特徴を包む金具である。とすると、今指を入れている場所は……  浅間は一瞬にして酔いが覚めた。別の吐気が腹の奥で息巻いている。小嵐絵愛絽は営業用の姿勢をかなぐり捨て、慌てて自宅玄関に飛び込んだ。 ◇  マスターベーションがしたい。しかし教戒が許さないのである。汗ばんだ素足がシーツを蹴り、掛布団を抱き締めて落ち着く体勢を探した。マスターベーションがしたい。触りたい。気持ち良くなりたい。だが"昴群星を統べる会"はマスターベーションを禁止している。近頃、昴群星を統べる会の僧侶である久常-ヒサツネ-、俗称、茂林(もりん)クジョウ-久常-・狐狗狸(こくり)は人の身である以上捨て切れぬ欲求の中でも、生存に不要のくせ意思を捻じ曲げようとする性欲に悶えていた。なりふり構わず、誰も見ていないのをいいことに、手淫をしてしまいたかった。身体を熱くしながら下腹部に燻る誘惑から目を背ける。試練だ。夢魔に憑かれたのだ。明日には下着を汚すことになっても、自らそこに触れることは許されない。若くして、21で幹部に上りつめた責任は、彼の瑞々しく多感な性質にいくらか重くのしかかった。会の偉い人々が、この美しく聡明で真面目な青年に好奇の目を向けての抜擢だということを彼は知っているのだろうか。否、知っているはずはない。  眠れない夜に飽き、彼は外の空気を吸うことにした。明日の講義は昼前から始まる。少し遅くまで寝ていても十分間に合う。黒い詰襟のローブ型の僧衣に着替え、張り詰めたものを気にしながら、やがて鎮まることを期待して玄関へと出た。幸い、他の住民に会ったことはなく、近所の人通りもそう多くない。誰かに挨拶をしてみたくなるときも誰とも会わないのだ。人と会うことはないだろう。それがいくらか寂しい感じもしたが、今は肉体の中心に、持て余した熱がある。  茂林は靴に足を入れ、玄関ドアを開けた。かなり広いエレベーターホールにはまだ照明が点いている。そして奇妙な体勢で男が寝転がっている。一目見た時は蝋人形かと思ったほどだ。茂林は躊躇いがちに近付いた。世にも無残な捨犬・捨猫ならぬ捨人である!  生々しく過激、グロテスクな中年男とその有様に茂林は息を呑み、事態の把握できぬままぎっちりと脂肪に減り込む拘束具を外した。開口具も目隠しも、耳栓も鼻フックも、茂林は初めて目にする猟奇的な道具に目を見張り、眉を顰め、恐怖を覚えながら次々に取り払っていく。だが下半身には手が伸ばせなかった。そして逡巡を自覚するより早く、でっぷりとした、若く見積もっても40代後半には差し掛かっているだろう男が鼻を鳴らした。 「どういうつもりなんだおめぇよぉ?人が楽しんでるときにバカじゃねぇのかよ。おら、クリちんぽ出せよ、あ゛?」  (だみ)声がホールに響き渡る。 「てめぇの粗末な陰核(クリ)みてぇなちんぽこをよこせやクズ!」  暴言を吐き、怒鳴り散らす男に茂林は狼狽する。 「ちんぽこに身体が生えたみてぇなヤラシイ野郎だぜ、なんだそのおかしな服装(かっこ)は?え?気取りやがって!」  女の乳房と同様の膨らみと、熊のような剛毛、しかしピンク色の乳頭と丸みを強調するピアス……茂林はその面妖ながらも中性的な全裸を前に、とうとう恥じらいを我慢できなくなり真っ赤にした顔を両手で覆った。隙を見せた彼の腹に、ぶくぶくと太った足が入る。暴力に慣れていない純朴な青年は後ろに転げた。 「な、なんですか……?」  茂林は知らず知らずのうちに相手を怒らせてしまった自身の落度に頭の中が真っ白になった。何が悪かったか顧みている間もなかった。 「珍奇な服着やがって?え?流行りか?トレンディに去勢されやがって!ちんぽクリ見せろやカスがよぉ」  尻餅をついている美青年を全裸の男は追撃した。破りそうな勢いで脚と脚の間の布が長い僧衣を捲った。 「や、やめて、くださ………」  初めて向けられた凶悪な感情に、身体は動かない。針金で床に留められたみたいだった。望みどおり、欲熱は氷点下を迎えた。体内に埋まろうとさえしているのが、別の生き物を宿しているようで(おぞ)ましい。男の脂っぽい手が美青年の汚らしい肉欲の腫物に触れた。固唾を飲む音がしたが、茂林ではない。 「す、すげぇ……萎えてんのに、こんなでけぇのか……………」  男は爛々とした眼で茂林の下腹部を凝らす。芋虫が生えたような掌が揉みしだく。 「そ………んな、どこ、触って…………」  子うさぎ然とした彼の前に抵抗の(すべ)はなかった。清楚な感じのする下着を剥かれ、(たお)やかで(かよわ)げな生娘と紛う若い僧侶の黒々とした醜怪な巨物が露わになる。私服が許されず僧衣のみを身に付け、着痩せする彼は上手いこと隠しているが、裸になると、茂林は脚が3本あると比喩してもよい。 「こんな陰茎(ブツ)を持ってて童貞くせぇな…………あーしがいっちょ、オトコにしてやらぁ」  その後の茂林の視界には星と火花が散ってばかりであった。髭面の色白い男の顔が歪み窄まり、卑猥なほど真っ赤な蛇舌にはピアスが光って、他者の肉を知らずに赤黒く育った狂棒を(たぶら)かした。 「は………ぁあ………!」  夢精では得られなかった輪郭と熱のある刺激は、ここが複数人の住む建物のエレベーターホール、共有スペースであることを忘れさせてしまった。瞬間的な痛みや熱と同様でありながらまったく異質の抑えがたい負担がのしかかる。桜色の純真な唇は下腹部に生じる勢いを逃さずにいられなかった。壊れてしまいそうだった。すでに脳は爆破された感じがある。視覚から得た情報の処理だけで精一杯、そこに付属されるはずの思考は打ち上げ花火のようだ。 「だめ、だめ、なんか、クる、あぁっ!」 「いいぜ、キちまえ!もっとヨくしてやるからな!」  牛肉の脂身の化身みたいな男は茂林を跨いだ。ピアスと味蕾、二股の触手によって(もたら)された激しい爆破の連続が止まる。ぶくぶくとした腹の下で銀色が照る。 「あ、ああ………」  巨陰が男の体重で潰されそうで、茂林は身体を強張らせる。しかし訪れたのは痛みではない。先程の体内の連続した爆発とは異なる感覚だ。そして今度は熱く、濡れて、不思議な質感がある。 「あぐぅ………!で、でけぇ………マジか、あひぃっ!ぐぅ!」  訳の分からない下腹部の違和感に茂林は身動(みじろ)いでしまった。ほんのわずかに突き上げるようなかたちになっただけで、男は涎を垂らして叫んだ。茂林は巨茎が絞られた。目の前に星が飛ぶ。腰は自身の制御から外れた。本尊、群星(すばる)とはこれのことに違いない。 「あっあぐ……!でけぇ、でけぇ………おおおんっ!」  濡肉が引き攣った。それがさらに茂林を急かす。洗濯機に放り込まれた心地だった。前後不覚に陥りながらも一心不乱に突き上げる。混乱と止まらない感覚が全身を塗り替えてしまう。求めていたものだ。眠れぬ夜に渇望していたものだ。下着を汚すことになっても禁じ、身悶えして封じていたものだ。 「でけぇ、ムリだ、ムリだ、あひっ、ケツまんこイくっ!」 「あっあっあ……ッ!」  結合部から融解していく。肉体の限界によって失禁していた朝とはまるで違う。能動的な放精に頭蓋骨ごと粉砕されたようだった。他者の陰肉を知った雄楔が脈を打つたび、男は痙攣する。 「おごごごっおおお!すげぇ、奥、やべぇ…………」  太い金網が絡まったみたいな器具の中の小さな男の茎棒から白濁の粘液が溢れ出た。太い金網がその孔から生えているにもかかわらず……

ともだちにシェアしよう!