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ダーモット伯爵領~第9話 収穫祭~

 翌日、勇者と大魔導士が、朝食後迎えに来た。  平民の服を渡されて髪の色も魔法で替えられた。しかし念のためと言われて帽子をかぶる。  やや裕福な商人の子供、くらいのラインを攻めた、と言っていた。従兄弟か兄弟という設定にしろとのお言葉だった。  屋敷の裏口から使用人の子供のふりをして出る。  ゆっくりと平民の子供が祭りを楽しみにして足が速くなるような、そんな様子で、街の祭りの中心に向かった。  屋台や、旅芸人等、収穫を祝うものだから、神にお供えもする。  飲んで食べて騒いで神に感謝を捧げる。  それが収穫祭だ。  この街はどちらかというと漁と交易に頼っている。  海産物を串にさして焼いたものなどが、屋台に並べられ、いい匂いをさせている。 『課題』は、とりあえずは祭りを楽しめばいいのだろうか。  人ごみの中を、気になるものに視線を向けつつ、勇者と大魔導士がいないか気配を探った。 「いた?」  私はドナートとはぐれないように手を繋いで歩きながら、初めての、二人だけの外出に浮ついていた。  繋いだ手をしっかりと握り、人込みを祭りの中心部へと向かう。 「いや、教えられた探知魔法で探しているけど、見つからない。」  ドナートは首を横に振った。 「そっか。その探知魔法って、僕にも今度教えて。気配察知っていうのは勇者に教えてもらったけど……」 「気配察知?」 「うん。森の中で気配を探るんだって。そうしていれば、危険とかも感じるようになるからって。魔法じゃないよ。剣士としての勘とか言ってた。」 「そんな技教えてもらったのか? 俺にも教えてくれよ。」 「じゃあ、教えっこしよう」  教えっこ、凄く楽しそう。剣士として鍛えてもらっている私は勇者に、魔術師として教わっているドナートは大魔導士と鍛錬している時間が多い。どうしても、どちらかに偏ってしまう。 「そうだな。二人は王都に戻ればもう、いなくなる。今だって、領都滞在中は自由なはずなのに、こうして課題も出してもらってる。これ以上甘えるわけにはいかないよな。」  ドナートが少し寂しそうにしつつも、きっぱり言う。 「そうだね。僕もそう思う。お互いにいっぱい教えてもらって、教え合いながら、技術を高めていこう。それで気配察知すると、明らかに領軍の騎士が、あちこちにいるみたい。休みじゃなく、緊張してる感じ。僕たちのように群衆に紛れてる。」  ドナートが頷いた。 「俺も、感じた。明らかに魔力が高い人が混じってて、見ても兵士や騎士の格好はしてなかった。」  そう二人で真剣に話していると小石が頭に当たって、私の目の前に落ちる。  それには白い紙(ものすごく高い)が絡まっていて、広げたら、文字が書いてあった。 『楽しむふりはどうした?』  私たちは顔を見合わせて笑った。  どこから見ているんだろう。  とりあえずは、楽しむ「フリ」をしようと、気になっていた屋台に向かった。 「イカ?」  屋台の店主に教えてもらった、イカ、という海産物の串に刺した姿焼きは、本で見た魔物の、クラーケンに似ていた。 「クラーケンの小さいの?」  どうやらドナートもそう思ったらしく呟くと周りが笑った。 「確かに。」 「違いない」  私たちは顔を赤くしつつ、ぺこりと頭を下げてその場を離れた。  お金はドナートに預かってもらっていて、払ってもらうことになっている。  今も二人分を払ってもらった。  お兄ちゃん、が弟に買ってあげているという設定だ。  歩きながら食べるというのは、初めてで、マナーの先生が見たら倒れると思った。  でも、それが凄く楽しくて、いろいろな屋台に行って、果実水や、果物、甘いお菓子などを買って食べた。  それが凄く楽しくて、いつの間にか、「フリ」ではなく、思い切り全力で楽しんでしまった。  途中から、勇者と大魔導士を探すことなど忘れて、大道芸を見たり、同じくらいの子供たちと輪になって踊ったり、すっかり夕方まで遊んでしまった。  夜は大人が酒を飲んだりするから、それまでに帰ってきなさいと言われていた。 「いけない。帰らないと。」  港近くの海が見える広場で私たちは屋台で買ったものを食べていた。  海に、夕日がきらめいて凄く綺麗だった。 「クエンの髪が夕日色に染まっている。」  ドナートが、私の、後ろで一つに結んでいた髪を手で掬って唇を寄せた。  何気ない行為なのに、ドキッといた。 「ああ、魔法、解けちゃったのかな?」 「いや、俺達には元の色に見えるって言ってた。」 「え、そうだった?」 「帽子被っていたからね。どのみちあまり見えなかったよ。」  夕日に染まったドナートに見つめられると、胸がますますドキドキした。  ドナートは、そっと髪から手を離して帽子が曲がっていたのを直してくれた。 「髪、伸ばしてるのか?」 「アクアが、伸ばしたほうがいいって言ってたから。髪には魔力が宿るんだって。精霊に頼みごとをする時に役に立つって。」 「へえ。うん。どのみちクエンには長い髪のほうが似合うと思う。俺は長いほうが好きだな。」  好き。 ドキン、と鼓動が跳ねる。 「そうなんだ? じゃあ、伸ばそう、かな?」 「ほんと? 嬉しいな。」  ドナートが私の手を取って指を絡めて握った。  そのまま、引き寄せられて抱きしめられた。 「うん。クエンは元の髪の色でも、今の髪の色でもどっちも、長い髪が似合うよ。」  そっと体を離して微笑んだドナートの顔に、私は見惚れてしまって。 「は、早く帰らなきゃ、すぐ真っ暗になっちゃう。」  それをごまかすように慌てたふりを装う。海の上の方にあった太陽はもう、海に落ちそうだった。  真っ赤な夕日で、良かった。今きっと私の顔は真っ赤だ。  ドナートを引っ張るようにして駆け出すと、ドナートはくすくすと笑って、一緒に走った。  結局、陽が落ちる前には帰りつけず、ハディーに怒られた。

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