8 / 30

ダーモット伯爵領~第8話 ダーモット伯爵の館~

 ダーモット伯爵領の領都への3週間は長くもあり、短くもあった。  魔物の襲撃もあった。  大魔導士がすぐに感知して勇者があっという間に倒していた。  護衛騎士が魔物に当たることはほとんどなかった。  小物の魔物は私たちでも倒せると太鼓判を押されたため、私たちが倒せるレベルの魔物の時は私たちが倒していた。  魔物を倒した後の始末、地形、位置、数、自分たちの立ち位置、魔物の弱点を知っているかどうか。  そういうことをすべて求められ、自身の技量と経験と、相手との相性、地の利などを踏まえて作戦を立てろとそう教わった。  これは戦争にも通じることだ。  戦略を立て、戦術を選択し、情報を集めて地の利を得て相手を上回る戦力で打ち勝つ。  戦略を理解できる将を持ち、戦術を実行できる兵を鍛え、相手を圧倒する。  言うが易いが、実行できる国家はどれほどか。  勇者を召喚するほど魔物の対処に困っていた我が王国はすぐ傍にある脅威、ザラド帝国を退けることができるのだろうか。  このハディーの里帰りは私とドナートにたくさんの経験を積ませてもらえたのだった。  そしてドナートは料理が上手くなった。側仕えたちもこぞって教わっていた。  そんな野営に必要な食材を持ち歩くのはマジックバッグだと、空間魔法を教えられ、スパルタで3週間の間に小さなマジックバッグを作るのに成功した。私は夢を見ているのだろうか。  魔力を帯びた素材であればあるほど、容量を増やせるのだと言っていた。あとは魔力次第だと。  マジックバッグは希少なもので空間魔法の属性を持つ者で、付与魔法ができるものしか作れず、容量が少ない。更に倉庫くらいの容量になるとまずダンジョンのドロップアイテムしかありえない。 「マジックバッグは俺の商会でも扱うから、そんな希少でもなくなるが、自前で作れた方がいいし、袋に付与しなくてもアイテムボックスっていう手段がある。ただこのアイテムボックスは使い手の魔力に依存するから今のクエンには難しい。やり方だけ教えるから魔力に余裕ができたらやってみるといい。」 「商会?」  大魔導士が商会? 「ああ、【龍の爪】っていう商会を王都に作ったんだ。魔道具を売る商会なんだ。」  大魔導士が魔道具で商売。    魔道具。  道具に付与する魔法を扱えるものは希少で、魔法を刻める道具を作ることのできるものも少なく、魔道具は高価で王族ですら、おいそれと購入できるものではなかった。  それを、商売道具にする。   「金は大事なんだぞ。国家も金がないと始まらない。特に軍備は金を産まなくて消費するだけだ。入って来るより出るほうが多くなれば困窮するのは税を納める国民で、そのうち貴族も王も首が回らずに、果ては戦争という名の略奪だ。今の帝国はそんな感じだな。そんな国家は健全と言えるかな?」  私は首を横に振った。 「国民が豊かであれば税金をたくさん納めてくれる。そうすればいろんな国策に金が使えるし、ほんの少し王族も貴族も贅沢をさせてもらえる。そうだろう? そして他国の脅威や魔物からそんな国民を守るために国防にも力を入れられる。異世界から勇者を呼ばずともこの世界の人間で解決できるようにできるはずだ。」  大魔導士の視線がちらりと勇者に向かった。 「だから、金儲けの手段はいっぱい持っているに損はないって話だ。まあ、クエンは騎士になるんだから給料で賄えるとは思うが、何があるかわからないのが人生だからな。」  くしゃりと髪を乱すように頭を撫でられた。  ああ、この人は怒っているんだ。  勇者を呼んだことを怒っている。  だから、王が嫌いだし、国の支配する組織に属することもしたくなかった。  そういうことなんだ。 「グレアム。なんだか説教臭いよ。クエンは賢いからわかっていると思うよ。さ、今度は俺の修行だ。まず走り込みから。」  勇者が雰囲気を変えるべく修行へと誘ってくれた。  国民にとっては美談も当事者にとっては、いろいろあるんだとこの時初めて知った。 「この、美容液ってものすごく希少なのでは? この値段でほんとうに問題はない?」  野営の朝、たまたま、肌が乾燥して困る、とハディーが愚痴を言った。  その時に大魔導士が、いろいろ取り出して、肌のトラブルや髪の毛の手入れのことなど事細かに説明してくれていた。  宿に泊まった時にじっくりと試したら、それはもう凄かったのだとか。 「その代わりなんですが……」  そうして、リュシオーン公爵の伴侶を通じて、社交界に周知する役を引き受けさせられていた。うちのハディーが引き篭もりだから、ドナートのハディーを使うのはいい手だと、私も思った。  大魔導士は道中いろいろなことで驚かせてくれて、さすがだと、皆が噂した。  ドナートは食事の支度やら雑用をしたから、他の使用人の話も聞いてくる。  それを寝る前の短い時間に話してくれるのだ。  小さな時は一緒に寝たりしていた。手を握ってくっついて。ドナートの寝息や体温に安心して寝られた。  今、私たちは馬車の中で二人きりなのに、座席の間の空間がものすごく広く遠く感じる。  疲れ切ってすぐ寝てしまうドナートの寝顔をしばらく私は眺めていた。  宿では私はハディーと一緒の部屋で、更に距離は開いてしまう。  側仕えと言っても、夜は隣の部屋で寝るのだ。  一緒ではない。  いつから一緒に寝なくなったのだろうか。  5つの、鑑定式からだろうか。  そうして、鍛錬をしながらの旅も終わりに近づき、最後の街を抜けて1日馬車を走らせていると領都が見えて、その中心にあるグランダの館についたのだった。  グランダは歓迎してくれて、街の宿に泊まるはずだった勇者たちも屋敷に泊まるようにお願いし、帰るまでの2週間、滞在してくれることになった。  彼らは港町の依頼を受けるつもりだったようで、昼間はそちらに出かけると言っていた。  明日から1週間、領都では収穫祭が行われてお祭り騒ぎになるのだ。  それも楽しむつもりだと、食事の場で勇者が言っていた。  大魔導士は普段の言葉遣いが粗野なので、マナーもそんな感じかと思っていたら、マナーの先生より優雅な手つきで食事をしていてびっくりした。  正装に身を包んだ彼らは上流階級の人間のようで、冒険者、のイメージではなかった。  そんな大魔導士が食後に、『課題だ』と言って来て、翌日一日を使って、二人で課題をこなさなければならなくなった。  課題は、収穫祭に変装していき、誰にも、王子と気取らせず、平民の子供のようにふるまう、潜入調査の練習、ということだった。  離れたところで監視しているから気を抜かないよう全力で収穫祭を楽しむふりをしろ、ということだった。  二人で。  え、これって、収穫祭にお忍びで遊びに行っていいってこと?  危ないからって何度か機会はあったのに、行かせてもらえてなかったのに。  ドナートは真面目に拳を握り締めていた。 「絶対、気付かれないよう、クエンを守らなければ。」  そう呟いてて、私は嬉しいやらこそばゆいやらで、頬が熱くなった。  今回の滞在は、二人で一つの部屋を使うようにと言われて、大きくなってから使うようになっていた客間に二人で寝ることになった。  大きいベッド一つしかないから自然二人で寝ることになる。それもちょっと嬉しかった。  寝間着に着替えて、一緒のベッドに潜り込む。 「なんか、久しぶりだね。ドナート。」 「うん。そうだね、クエン。」  お互い向かい合って見つめあう。昔に戻ったみたいだ。  違うのは背丈や体格、それに私の髪と目の色。  でも目を瞑れば関係ない。 「昔みたいにくっついて寝ようよ。ね? ドナート。」  慌てた顔をしたドナートは、私がくっつくと、ため息をついて抱きしめてくれた。 「お休み、ドナート。」 「お休み、クエン。」  ドナートの鼓動が早くて大きいような気がするけど、気のせいだろう。  久し振りのドナートの体温が心地よくて、すぐに深い眠りに落ちていったのだった。

ともだちにシェアしよう!