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戦争~第24話 決戦前~
「クエン」
そっと頬をドナートの手が撫でる。
「……ん……」
意識が浮上して目を開けると、ドナートの顔が間近にあった。
「大丈夫か?」
心配そうにのぞき込むのが嬉しい。嬉しくて口元が緩む。
「うん。おはよう、なのかな? もう、発情期は、終わったみたいだ。」
「おはよう。そうみたいだな。あの、収まらない熱は過ぎたようだし。でも、クエンを見ればすぐ、俺はああなるかもしれないが。」
「もう、馬鹿。」
私は真っ赤になったに違いない。
「それ、下半身に来る顔。」
チュッとキスして、グエンが体を起こした。熱が離れるのが嫌で、腕をつかむ。
「あ……」
「すぐ戻る。水も、食事もとってないから、取ってくる。さすがにお腹が空いただろう?」
「うん。」
ドナートは微笑んでもう一度キスをすると、着替えて出ていった。
ベッドはぐちゃぐちゃで、発情期の凄さを物語っていた。ここは、勇者の屋敷の客間だ。
師匠が転移で運んでくれたんだろう。
下腹部をそっと押さえる。
ここに、命がある。メイル同士が子をなすのは難しいと言われている。それが、授かった。
奇跡が起こった。
諦めるしかないはずだった恋もドナートの子供も。
今、この手にある。
手放さないためには戦うしかない。
自分でもぎ取るのだ。
今までは、好きにすればいいと、手柄も、何もかも必要ないと思っていたけれど、守るものができた。
だから、私は全力で取りに行く。
起きようとしたが起あがれずにドナートを待つ。
戻ってきたドナートはたくさんの食事と久しぶりの美味しい紅茶を持ってきてくれた。
その香りは、部屋中に満ちて、心を落ち着かせてくれた。
体力が戻り、すっかり身体が元通りになったころ、勇者が部屋を訪ねてきた。
ここへ運んだのはやっぱり勇者だという。
「俺は戦争には参加してないけれど、グレアムが戦線を押し上げて、今戦場は帝国の大平原で、両軍のにらみ合いになってるそうだ。それには竜騎士団も参加することになっている。クエンは、行けるかい?」
「はい。平原だと数のぶつかり合いで混戦になったら、難しい局面になりますが、その前に決着をつけるようにしたいと思っています。」
「クエン……」
心配そうに私を見るドナートに、微笑む。
「ドナートのくれた魔力が体に満ちていて、何でもできそうなんだ。ああ、でも、僕のパートナーは……」
「竜舎にクエンの相棒が待っているって、グレアムは言っていたよ。こっちにおいで。」
私たちは出発の準備をして、勇者の後をついていく。地下室まで案内されて奥まったところの扉を開けた。
床に魔法陣が描いてあった。
「この魔法陣は兵舎の団長の部屋に繋がっている。行っておいで。」
私たちが中央に立つと勇者が魔法陣に魔力を通した。
足元が光って、光が収まったとき、私たちは竜騎士団の私の部屋にいた。
『来たな。広場においで。』
守護龍の声だった。装備を付けて表に出る。
竜舎は静かだった。ほとんどの戦えるものは戦場に出ているに違いない。
そこには騎乗具を付けた白いワイバーンとルドがいた。
いや、ワイバーンじゃない。守護龍だ。
『今回だけは私に騎乗を許そう。私の加護を持つ王族が統べる王国が忌まわしき流血の一族に負けるのは由々しきことだからな。』
流血の一族?
『同族殺しを過剰なほど行う者たちを言う。過ぎれば世界から見放され、加護を失い滅びゆくだろう。』
ヒューマンは争いが好きだ。きっと。食べるため、生きるための争いではなく、欲を満たすための争い。それは満たされず、食いつくしてもなお、飢えた獣のように獲物を襲い続ける。そういうことだろう。
(はい。お心に適うよう、精進いたします。)
『さあ、行くぞ。このばかばかしい戦争を終わらせよう。』
私は龍に跨り、空を飛んだ。
あっという間に帝国の平原が見えてくる。
帝国に向けて陣を展開しているのが我がアルデリア王国軍、布陣の中心部の奥に王と、兄たち、将軍、貴族の士官が見える。
竜騎士団は王の後方に布陣している。
そこへ、ドナートと一緒に舞い降りた。
「みんな、待たせた。心配をかけたな。」
そう声をかけると、竜や団員たちが駆け寄ってくる。
なんとか自制をして、皆整列し、頭を下げた。
「団長!良かった。」
「ご無事で。」
「お待ちしていました。」
口々に声をかけてくれる。ああ、私はいい仲間を持った。
「ああ、これから決戦だ。気を引き締めるように。空をかける我々に敵などいない。どんな作戦であれ、今回我々のすることは一つ。総大将を狩る。なに、簡単だ。ひとっとびで敵陣の奥に居るそいつをワイバーンに咥えてもらって、ここまで戻ればいい。」
『それは私の役目か。咥えるのは病気になりそうだから爪で引っ掛けるくらいで許してくれ。』
(ああ、それでいい。お願いする。)
ざわざわとする部下たちににっこりと笑う。すると、途端にシーンとなった。
こほっとドナートが咳払いをする。
「露払いは私が。切込みは団長がする。お前たちは援護に回れ。敵陣の司令部につくまで団長を守れ。」
おおおおーという鬨の声に前方で待機している兵たちがこちらを振り向く。
その中に王や兄たちもいた。
「では私は復帰の挨拶をしてくる。合図があるまで待機!」
司令官のいる陣に向かって歩く。
視線が私に集中している。王の横に大魔導士がフードと仮面で顔を隠してそこにいた。
「竜騎士団団長、クエンティン、遅ればせながら、怪我より復帰いたしました。」
「おお、クエンティン、無事で何より。今回の作戦は参謀から聞いてくれ。総司令官は余じゃ。」
「はい、陛下。では御前失礼いたします。」
参謀から聞いた作戦は正面衝突だ。遊撃が、竜騎士団の役。
平原の戦いでは、地形の有利も何もない。
みれば両軍とも堀も塹壕もない。
純粋な数のぶつかり合いだ。
上空から見た限り五分のようだ。
普通に戦えば、犠牲は相当数に上る。
そんなことはさせない。
「クエン。」
一通り作戦を聞いて竜騎士団の元に戻ろうとした私に大魔導士が声をかけた。
(おめでとう。双子だな。)
念話で言われた言葉に驚いて見た。
手渡された、腕輪。
(特に腹を守ってくれるように調整しといた。そうなる前に決着をつけるようだから、俺はここで高みの見物をすることにしよう。)
にやっと口元が吊り上がって、私は赤くなった。
頭を下げて、竜騎士団の陣形を整えた。
決戦は一時間後。
そして、開戦の鐘が響いた。
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