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番外編SS 永遠の日々

海辺の村で暮らしているソールとクルト。2024/9/27に幻冬舎コミックスから書籍版が発売されるので、記念に夕暮れのワンシーンを書きました。 ――――――――――――――――――――――――――― 「ソル先生も遊ぼうよ!」 「若先生もあっちにきたよ」  戸口から子供たちが僕にむかって叫び、すぐにまた駈け出して行った。ひとことも返事をしていないのに「若先生がいる」といえば僕がついてくると思いこんでいるのだ。まあ、たしかにそれは当たっている。クルトが帰ってきたと聞くと、僕はやりかけの仕事もほうりだして、彼を迎えに行ってしまう。  ここでは僕は「ソル先生」、治療師のクルトは「若先生」と呼ばれている。クルトはきっと、隣町の診療所から帰ってきたところを子供たちにつかまったのだろう。  クルトは誰にでも好かれるし、小さな子供とも本気になって遊ぶから、彼らはクルトが大好きだ。夕暮れどきは子供たちの自由時間で、読み書きを教わるのが苦手な子も、砂浜を駆けだすと楽しそうに笑う。子供たちのふるまいは村の雰囲気を鏡のように映すから、笑い声を聞くだけで、僕は平和な気持ちになれる。  僕はペンを置いて机をざっと片づけ、外に出た。砂浜へ続く道を歩きながら夕暮れの海をみると、なぜか笑みが浮かんでくる。こうして海をみつめるだけでほっと心がなごむのはなぜだろう。  この村で暮らしはじめてから、僕は日々の暮らしのなかに、喜びの源泉をいくつかみつけている。心の奥底の不安が完全になくなることはなくても、喜びが湧き出す泉があれば、呼吸ができるとわかったから。  砂浜の先に灰色のローブの人影がみえた。子供たちと一緒にひきずっているのは流木だろうか。僕は貝殻や木っ端のかけら、小石が混じった砂の上を歩いていく。僕は「ソール!」と呼ぶ声を聞く。クルトが手を振っている。 「ソル先生、はやく!」  子供たちのひとりが僕に向かって叫ぶ。するとクルトも片手を口にあて、そっくりの声色で「ソル先生、早く!」と真似をした。笑い声があがり、他の子も「ソル先生、早く!」と叫んだ。  こだまのように浜に響く声に、僕もつい笑ってしまい、引き寄せられるように砂の上を走り出す。クルトがまっすぐ僕をみつめている。その眸はいつも変わらない、春の野のように澄み切った緑だ。

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